全国歴史資料保存利用連絡協議会編『劣化する戦後写真』

評者:森本米紀
「記録と史料」21(2011.3)

 資料の収集・保存・活用に携わる者のなかで、写真資料にいちども触れたことのない者は、ほとんどいないだろう−しかしそのなかに、写真資料の「専門家」はどれほどいるだろうか。
 写真資料は日々取り扱う多種多様な資料のなかのひとつであり、遭遇するたびに手探りで対策を立て、はっきりとは確信を持てないまま調査を進める(あるいは、やらねばやらねばと気にかけつつも後回しになる)というのが実情ではないだろうか。
 今回紹介する2冊は、そんな多くの「非専門家」にとって必携書となりうるブックレットである。いずれも2007(平成19)年1月に開催された、全史料協資料保存委員会・近畿部会第87回研究例会「劣化する戦後写真−地域資料としての行政所蔵写真の危機−」の成果をもとに出版された。写真資料の保存活用に必要な事柄を、基礎から応用まで、ソフト・ハード両面から取り上げており、初心者から実務者、「専門家」以外のあらゆる立場にとって、写真資料の入門書、基本的な参考書として好適な内容となっている。

 まず『劣化する−』は、例会の報告をまとめたものを中心に、以下の通り構成されている。

第T部 写真資料の調査と資料化(島津良子)
 はじめに
 第1章 写真資料の特性
  1 非選択的画像による記録
  2 作為と演出
  3 聞き取りの重要性
  4 観察の重層化と考証
  5 一般的主題の基本調査
 第2章 写真資料の基本調査
  1 データの3分野
  2 調査の基本項目
  3 ものデータの調査項目
 第3章 写真資料の資料化
  1 調査票の整備
  2 資料の分類・整理
  3 複製媒体としてのデジタル化
 おわりに

第U部 尼崎市立地域研究史料館の実践(辻川敦、西村豪)
 はじめに
 第1章 尼崎市立地域研究史料館と写真資料
  (1)尼崎市立地域研究史料館
  (2)地域研究史料館が所蔵する写真資料
  (3)写真資料と活用の具体例−本庁地域写真集の場合−
 第2章 尼崎市広報課移管写真の整理と保存
  (1)市広報課から地域研究史料館への写真の移管
  (2)広報課移管写真の整理
  (3)劣化現象の発生と対処
 第3章 ボランティアの目から
  (1)戦前期尼崎市営繕関係写真アルバムの場合(井上衛)
  (2)写真と町の記憶(井上眞理子)
 おわりに−写真資料のさらなる活用に向けて−

特論 戦後写真資料の劣化と保存対策(花島慎太郎)
 1 フイルムの構造
 2 「写真保存のトライアングル」の法則
 3 画像の劣化
 4 画像劣化の大敵カビの発生原因と除去法
 5 写真情報の整理システム

研修会基調報告レジメ
写真資料の保存について(大林賢太郎)
 資料1 記録媒体としてのネガとプリントの組み合せ
 資料2 写真プロセス
 資料3 参考図表
 参考 研修会告知チラシ・新聞記事

第V部 写真資料と画像アーカイブをめぐる18の疑問

あとがき

 第T部ではまず、写真資料の特性について、筆者の実体験を事例として盛り込みながら論じている。例えば、特性のひとつである「聞き取りの重要性」を論じる際には、「はじめは単に『笑顔の老夫婦』の写真としか見えなかった写真」が、聞き取りのなかで「服装、農具について図まで書いて教えてもらった」ことで、「山仕事に出かけるいでたちと道具のわかる民俗的にも貴重な記録資料」となった経験を紹介している(13頁)。調査者は、常に資料としての可能性の広がりを意識しながら、一枚一枚の写真に向かい合わねばならないことを認識させられる。
 次に、写真の非専門家による初動調査を念頭に置いて、写真資料を資料化するための基本的手法や留意点が論じられている。ひとつひとつの手順が、なぜその手順が必要なのか、根拠を踏まえた上で丁寧に解説されており、初心者には入門編として、経験者には再確認のために、常に手元に置いておきたい心強いテキストである。
 最後に筆者は、「資料のデジタル化の終了を理由にオリジナルの保存がないがしろにされる」ことに警鐘を鳴らし(51頁)、デジタル画像アーカイブに依存せず、オリジナルを保存することの重要性を訴えている。デジタル化した=保存した、という感覚は、短絡的で危険であることを読者は学ぶ。

 第U部では、尼崎市立地域研究史料館の取り組みが紹介されている。
 同館が、史料の収集・整理・保存と同等に史料の公開・閲覧利用の促進に重点を置き、独自に取り組んでいるレファレンス・サービスを通じて、「写真資料は比較的利用頻度の高いもののひとつ」であり、また「利用・活用がさらに収集につながっていくという、収集と活用の相互作用が顕著な史料ジャンル」であるという(57頁)。
 その具体例として、次の2例が挙げられている。

・市民グループ「本庁地域写真集刊行実行委員会」による写真群1,500点以上の収集と『ふるさと「尼崎」のあゆみ』の刊行
 同会は、本庁地域(旧尼崎城下を中心とするエリア)の歴史写真集を編纂刊行するために、地域住民によって結成された市民団体である。史料館や市立図書館・市広報課などの公的機関や、民間団体や企業の所蔵写真の網羅的な調査・収集を行うとともに、地域住民の手元にある写真の提供を広く呼びかけた結果、多くの貴重な写真資料が発見され、1994(平成6)年、写真集の出版が実現した。いまやこの写真集は最も利用頻度の高い地域史文献のひとつとなり、また、収集された写真資料は一括して史料館に寄贈されたため、恒久的に保存され、誰でも利用可能となっているという。このような成果は、市民の自発的・積極的なアクションが、地域社会における写真資料の収集と活用のサイクルを生み出した、理想的な事例と言えるだろう。

・市民ボランティアによる、尼崎市広報課から同館に移管された写真資料の整理と保存の取り組み
 2004(平成16)年に移管された写真は、フイルム約8,000本、スクラップブック279冊にのぼり、同館は市民ボランティアによる整理作業をプロジェクト化した。ボランティアの募集、目録データ入力、劣化写真の処置など、市民ボランティアによる整理作業の具体的なプロセスが紹介されており、また、市民ボランティア自身によるリポートも収録されている。それらは、「(評者注−市民が)ボランティアであると同時に(同−史料館の)利用者であり、両者の側面の相互作用を通じて、館の利用とボランティア協力が同時に促進」され、「地域の歴史の保存と活用が同時に進む」理想的なサイクルを創出していることを示している(70頁)。同館が市民ボランティアを単なる作業の人手として捉えず、史料の収集・整理・保存・活用の相互作用・サイクル化にとって不可欠なマンパワーと捉えて事業に取り組んでいる点が印象的であり、“尼崎方式”と呼んで学ぶべきことが多くあると思う。

 技術紹介をはさんで第V部では、Q&A形式で写真資料のエッセンスがまとめられている。「『写真資料』の定義」「『画像アーカイブ』の定義」など写真資料論の前提から、「マイクロとデジタルはどちらが長期保存に向いているか」「ガラス乾板の取り扱いの際の注意事項」など技術的な事柄、「ボランティアとの協働作業上の留意事項」「写真現物の公開・展示は必要か」など収集・整理・保存・活用に関する疑問、また「写真資料の著作権はだれが持っているのか」など法律的な事柄まで取り上げられており、非専門家である読者の、写真資料への幅広い理解を助けている。
 「非専門家」を対象にした専門書の場合、ともすれば、結局は専門家のあいだでのみ通じることばや感覚で書かれ、読者は本の前に取り残されてしまうこともあるが、本書は一貫して非専門家の側に立ち、そのニーズを的確にとらえ、非専門家であっても(あるいは、であるからこそ)理解、共感できる知識や情報を提供する一冊である。

 さて、もう1冊の『写真保存の−』は、前掲の例会の基調報告「写真資料の保全について−紙資料としての写真資料、プリントを中心に−」をまとめたものをもとに、大幅に内容を増補した内容となっている。

*以下、紹介文は『写真保存の実務』の書評として別掲載

 両書ともに、写真資料が持つ可能性の広がりと、それに対して写真資料の専門家ではない自分自身がどうあるべきかを考えさせられる。「非専門家」のすべての人に、手に取ることを薦めたい。

〔あおぞら財団付属西淀川・公害と環境資料館〕


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