歴史資料ネットワーク編『地域社会からみた「源平合戦」』

評者:高松百香
「歴史評論」706(2009.2)

 本書は「歴史資料ネットワーク(史料ネット)」の編による、岩田書院ブックレットの第二弾である。史料ネットの活動は、阪神・淡路大震災によって歴史資料が直面した危機に対する救済という緊急課題を経て、かつ継続させながら、市民とともに地域の歴史を考えていくという方面にも及んでいる。ますます広がりをみせる史料ネットの活動に、まずは敬意を表したい。
 さて、本書の成り立ちは藤田明良氏による巻頭の「このブックレットができるまで」に詳しい。二〇〇五年の大河ドラマ「義経」による「源平合戦」ブームを背景に、史料ネットや兵庫区の共催でシンポジウム「源平合戦−伝承された戦いの虚実」が行われたが、兵庫区による活字化が検討されていたためシンポの内容をそのまま出版することはできず、基調講演者であった川合康氏と、コーディネーター兼パネリストであった市沢哲氏に、当日の議論をもととした論文を寄稿してもらい、この二論文を中心に構成したということである。

 川合論文「生田森・一の谷合戦と地域社会」では、「生田森・一の谷合戦」(従来「一の谷合戦」と言われていたが、本論文によってこのように訂正されるだろう)と地域社会の深い関わりが論じられている。注目すべきは、義経の英雄伝として名高い「鵯越の坂落とし」が、実は多田行綱によるものであったという見解であろう。いわゆる「鹿ヶ谷事件」で有名な行綱だが、摂津国多田荘を拠点とし、京と往来していた軍事貴族であり、「鵯越」にふさわしい人物であったことがわかる。『平家物語』において語り出され現在に続く強烈な「伝承」を、厳密な実証と地形・古地名の調査から再検討し、地域固有の合戦の意義が明らかとなった。
市沢論文「南北朝内乱からみた西摂津・東播磨の平氏勢力圏」は、従来の福原京研究が西摂津や東播磨の地域社会から切り離されて論じられてきたという問題意識から、「地域的な広がり」と「時間的な広がり」をキーワードに、福原京を捉え直すことを目指したものである。福原遷都構想のなかで清盛が獲得したという摂津国八部郡山田荘を手がかりとし、後世からの照射で平氏の勢力圏を浮かびあがらせる。東播磨と西摂津をひとつの(政治的テリトリー)として把握しようとしたこと自体が、清盛の政治的特殊性であったという。鉄道の開通によって、それ以前の〈地域的なまとまり〉が感覚として失われてしまったのではないか、とする結びのことばも印象深い。
本書には、樋口健太郎氏による丁寧な解説付きの「生田森・一の谷合戦史跡地図」が掲載されている。この本を持って神戸周辺を散策したら楽しめること請け合いである。

(たかまつ ももか)


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