本書は、地方霊山に関する旧来研究ではとりこぼされていた二つの局面を、事例分析により、明確にされた論文集である。まずは序論において、旧来研究を@地方霊山信仰史の研究、A里山伏の在村活動の研究、B廻檀活動や山岳登拝講の研究、と仮に三分類し、問題点をあきらかにしている。ひとつは、地方霊山の開山(組織化)以前を課題とし、立山の地獄説話をとりあげ、問題とした点である。もうひとつは、一山組織成立以後を課題とし、白山(とくに加賀側の宗教的拠点であった本宮)をとりあげ、検討している。また、地方霊山を定位するため、その反意概念である中央霊山(吉野金峰山や熊野三山)組織の形成を概観することにより、地方霊山の位置づけをおこなっている。
本書の構成は、次のとおりである。
序論 地方霊山の位置づけと研究視角
一 中央および地方霊山とそこでの宗教活動
二 地方霊山の研究史とその代案
三 本書本論の構成
本論・第一部 立山の地獄説話と開山伝承
第一章 立山の宗教文化と地獄説話:概観
一 立山の宗教的環境 概観
二 立山の開山と地獄説話
三 日本における地獄の観念と地獄説話概観
四 第二章・第三章への展望
第二章 『法華験記』に描かれた立山地獄説話−立山開山伝承と比較して−
一 問題の所在
二 立山の開山伝承と『法華験記』所収 立山地獄説話
三 立山の開山伝承と地獄説話との前後関係
四 『法華験記』における立山地獄説話
五 まとめ
第三章 『今昔物語集』巻十七における立山地獄説話とその中世的展開
一 問題の所在
二 『今昔物語集』全体について−『法華験記』との比較に留意しながら−
三 『今昔物語集』巻十七における立山地獄説話と『地蔵菩薩霊験記』
四 『今昔物語集』巻十七の内的構成と立山地獄説話
五 中世以降の立山と地獄説話の変容
第四章 中央と地方霊山における本地説と開山伝承
一 はじめに
二 中央霊山における聖性
三 中央霊山における本地説の登場
四 本地感得譚と中央霊山における修験道の成立−院政期を分岐点として−
本論・第二部 白山加賀側の長吏・衆徒・社家
第一章 十四世紀から十五世紀前半までの白山加賀側の衆徒
一 問題の所在
二 白山比盗_社蔵 中世文書の評価について
三 白山本宮の宗教施設と組織および祭礼
四 本宮衆徒の僧兵的な側面と宗教者としての側面
五 中宮八院の衆徒
六 まとめ
第二章 一揆時代における加賀白山−本宮とその長吏を中心とした概観−
一 問題の所在
二 本宮長吏の歴代と一揆勢力との関わり概観
三 十五世紀後半以降に存続した南加賀山麓地帯における白山関連宗教施設
四 十五世紀までに南加賀(とくに江沼郡)に展開していた真宗寺院と白山
五 十六世紀における南加賀の真宗寺院と白山−超勝寺を中心にー
六 まとめと残された課題
第三章 一揆時代の加賀白山を巡る五つの宗教的テキスト
一 問題の所在
二 廻国雑記
三 白山禅頂私記
四 三峰相承法則密記・奥書
五 大永神書
六 拾塵記
七 まとめ
第四章 一揆時代後半における三代の白山本宮長吏・再考
一 問題の所在
二 『言継卿記』における澄祝
三 『言継卿記』における澄辰
四 澄意のテキストにおける澄勝
五 まとめ
第五章 近世 下白山における長吏と社家との関係
一 問題の所在−加賀藩政における神社とは−
二 神社としての下白山−澄勝長吏期を中心に−
三 越前側の登拝口や平泉寺との間の十八世紀前半までの争論
−澄意長吏期に注目してー
四 下白山組織内での長吏と神主中との相剋
−十八世紀半ば以降の澄盛長吏期を中心に−
五 まとめと今後の展望
結論 成果と課題
一 要約
二 成果と課題
あとがき
欧文要旨
第一部では『法華験記』や『今昔物語集』といった古代の仏教説話に掲載された立山地獄説話に焦点を置き、中世以前の立山の宗教環境について考察されている。
第一章では、これまでの立山の旧来研究を検証するとともに、越中側から立山に入る南北の登拝道に注目した考察をおこなっている。それぞれの道には異なる宗教勢力が展開していた。立山地獄説話はその片方(南側)に関わって残されたものであると述べられている。また、地獄説話概観として『日本霊異記』所収の説話を分析している。
第二章では、『法華験記』所収の立山地獄説話をとりあげ、開山以前における立山の宗教環境を示唆する説話として位置づけている。また、律令国家特有の仏教観をにじませた観音信仰や法華経霊験譚が、後に付加されたのではないかと考察されている。
第三章では、『今昔物語集』所収の立山地獄説話をとりあげている。さらに、この説話の典拠とされる『地蔵菩薩霊験記』との影響関係を含めて考察されている。
第四章では、中央霊山における本地感得譚の成立時期などから、院政期に至り立山が地方霊山として位置づけされた背景を述べている。
第二部では、白山加賀側で宗教的中心であった通称白山本宮(現・石川県白山市の白山比盗_社の前身)を事例とし、その組織の頂点であったと考えられる長吏職と長吏の配下である衆徒について考察されている。
第一章では、十四世紀から十五世紀前半頃までの白山における宗教活動の実態に迫るため、白山の「衆徒」に焦点をあてている。その材料として、白山比盗_社蔵の三点の中世文書『白山記』『三宮古記』『白山宮荘厳講中記録』を分析している。
第二章では、通称白山本宮と一揆時代の六代長吏を、とくに南加賀の真宗勢力との関わり合いを中心に概観し、加賀一揆時代における本宮を中心とした白山加賀側の宗教環境を考察している。
第三章では、五種類の宗教的テキストを時間順に内容分析をおこなっている。その結果、各々の白山での修行観や白山そのものの宗教的位置づけが異なると述べている。
第四章では、一向一揆時代の澄祝−澄辰、ならびに幕政初期の澄勝の三者について、『言継卿記』や『白山諸雑事記』をもちいて考察されている。
第五章では、下白山と称されるようになった白山本宮の近世を、主に長吏と社家との関係に焦点をおき、検討されている。
全体を通して言えるのは、扱う資料すべてにおいて緻密に分析されていることである。そして、それまでと違った視点から地方霊山の研究に光をあてた一冊といえる。
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