西沢淳男著『幕領陣屋と代官支配』
評者・佐藤孝之 掲載誌・日本歴史630(2000.11)

 江戸幕府の直接的な財政基盤としての幕領の形成過程やその性格を論じた研究、および幕領の支配を直接担った代官に関する研究は少なからず存在する。直接代官研究を意図しなくても、研究対象の村や地域が幕領であれば、代官の交替を概観することは、その村や地域を理解する上で基礎的な作業として行われている。しかし、全国的規模で代官および陣屋について検討した研究は、これまでみられなかったといってよいであろう。そうしたなかで、陣屋ごとに代官の変遷を辿るとともに、それらを総合的に検討し、代官支配の特徴を描き出そうとしたのが本書である。本書の構成は、次のようになっている。
(目次省略)
 本書は、以上のような構成になっているが、まず付録のCD-ROMについて触れると、第一部の付論に解説があるとおり、著者が構築した代官個人ごとの経歴等を中心とした代官DB、および各陣屋ごとの代官の変遷を示した陣屋DBを、CD-ROM版にして公開したものである。
 第一部第一章では、勘定所の設定した七筋区分(奥羽筋・関東筋・北国筋・海道筋・畿内筋・中国筋・西国筋)に従い、各筋ごとに陣屋の年次的変遷をたどっているが、代官所経営に予算制度が導入された画期という元文元年以降が対象である。本章では、約六割の陣屋が在方町と一般村落に存在していることから、その軍事的・政治的脆弱性が指摘されている。また、幕府の財政策との関連では、元文年間以降の代官数・陣屋数の増加が財政支出の増加を招き、宝暦年間の代官大量罷免となったが、寛政年間には農村疲弊対策等のため、関東筋を中心に陣屋数が増加した。文化期以降、行財政改革にともない陣屋の統廃合が進められたが、代官諸経費はかえって増大し、財政改革の効果は得られなかったという。
 第二章では、代官陣屋について、経験の浅い代官の試用的目的の陣屋、中堅・ベテラン代官の昇任のための陣屋、ベテラン代官の最終任地としての陣屋、およびこれらの複合的な性格をもつ陣屋、といった各筋・各陣屋の位置付け・格付けがなされている。また、関東および畿内に隣接する地域の陣屋のランクが低いが、それはそれぞれの周辺地域の陣屋を試用目的の陣屋に位置付けようとする意図の表れで、かつての関東筋・上方筋の二分支配形態を意識したものという。
 第三章では、全代官の家禄・前歴・後歴について分析し、家禄に関しては、寛政期以降低禄の者が多く登用される。また、前職は安定期には勘定所系の割合が高く、大量の罷免があった時期や幕末期には非勘定所系の比卒が高い。後歴は、七三%が死亡・罷免および自己都合による退任、すなわち代官で終わっているとともに、転役する場合はすべて昇任人事であり、その六割は栄転である、といった指摘がある。
 以上のような諸点が、前述DBをもとにした詳細な図表を添えて論じられ、総合的にみて寛政期に質的転換があり、天保期を境に大きく変質してゆく、とされている。研究へのコンピュータ利用の試みという意味で、本書の中核となるのが第一部であるが、そうした成果として、代官陣屋のランク付け、前職・後職や家禄との関係等々、重要かつ興味深い指摘がみられる。
 第一部の全国的な分析を踏まえて、第二部では関東代官についてさらに深く検討を加えている。第一部と同様元文元年以降を対象とし、第一章では、@関東代官、A江戸廻代官、G馬喰町御用屋敷詰代官に分けて検討している。関東代宮の特徴として、勘定組頭からの就任が際立っている、関東以外の試用目的陣屋からの転入が多い、転出は昇格・栄転が中心である等の点が指摘されている。さらに、年次を追って任期の長期化とともに代官数の減員、各代官の支配所の増加と格式の上昇がみられるが、これは北関東の荒廃からの立て直し・治安維持のために有能な代官を関東に集中させたからという。そして、化政期から天保期以降に、諸国代官→馬喰町詰代官→江戸廻代官という昇進コースが確立する、とされている。
 第二章では、寛政改革期および天保改革期における陣屋支配について検討し、寛政期にみられた本格的な陣屋支配の展開と、その背景として勘定所主導による改革の側面として、支配勘定による(代官によらない)陣屋支配の存在に触れている。天保期では、天保十三年の関東代官を中心とした代官の大人事異動と、関東代官に対する在陣命令、寛政期同様の支配勘定による直接支配の存在などの指摘がみられる。
 第三章は、幕末期の代官竹垣直道の日記を素材に、関東代官としての日常・職務などを検討し、代官の事務処理量はそれほど多くはなく、本来の職務以外の諸御用に関わる功績による褒賞や昇進が一般的であったとされる。なお、竹垣の日記と時期が重なる林鶴梁(遠州中泉→羽州柴崎代官)の日記などを合わせ検討すれば、当時の代官の勤務実態等をより深く解明できよう。
 第三部は信濃国を対象に、幕領の成立と形成・拡大、支配所の取締などについて検討した三章からなる。第一章では、元禄期以前の幕領の形成と陣屋について述べ、初期における幕領は親藩の成立・解消と密接に関係し、代官頭大久保長安や配下の代官が重要な役割を果たした、とされる。
 第二章は、佐久郡御影陣屋支配幕領における取締制度の分析である。関東幕領で施行された「取締役」制および「関東取締出役」制との関連を念頭に置きつつ、関東における取締政策・制度を意識・追従したものと、その特徴を指摘している。
 第三章では、信濃国幕領の中間支配機構の成立と呼称の変遷を、各陣屋ごとに比較検討し、天明九年に「割元」「郡中代」という呼称が使用される画期がみられる、としている。なお、幕領に設定された組合村についても言及があるが、簡単に触れるに止まっている。「郡中代」等との関係も含めた、掘り下げた検討が望まれる。
以上、本書の概要を紹介してきた。本書は、幕領陣屋・代官について全国的視野から総合的に検討したもので、その手段としてコンピュータ利用を試みた点とも合わせて、意欲的な取り組みと評価されよう。ただし、さらなるデータの蓄積も必要であり、著者も十分承知しているが、とくに近世前期のデータの充実とその分析が望まれよう。一方、統計的分析結果と政治的・政策的動向との関連については、第二部で関東代官を対象により深く検討されているが、今後そのような分析が他の地域(筋)でもなされれば、各地の陣屋の格付け・位置付けの分析と有機的に結びつくものとなろう。
(さとう・たかゆき 東京大学史料編纂所助教授)
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