和泉清司著
『近世前期郷村高と領主の基礎的研究−正保の郷帳・国絵図の分析を中心に−』
評者:宍戸 知
「関東近世史研究」67(2009.10)

 本書は、主に正保・慶安段階前後の国郡別・村別の郷村高と支配領主の全国的規模での解明と、国絵図に比して研究が立ち後れていた郷帳、とりわけ正保郷帳の全面的な検討の成果を纏め上げたものである。
 和泉氏は、全国各地の郷帳・国絵図あるいはそれに類する郷村帳を用いて、全国六八か国中、下絵国を除く六七か国と琉球の、特に正保・慶安段階の郷村高および支配領主のほぼ全容を解明・復元した。本書ではその復元データベースをもとに、郷帳の特色、近世前期の郷村高の特色、所領配置の特色等を国別に詳細に考察している。
 本書には、その復元データベースを収録したCD−ROM(「近世前期 郷村高・領主名データベース」)も付録として添付されており、全国の支配領主や郷村高が国別・郡別・村別あるいは支配領主ごとに容易に検索できるようになっている。
 全国的な郷村高と支配領主が判明するものとしては、幕末から明治初年にかけての様相を示した『旧高旧領取調帳』があるが、近世前期段階で全国的な郷村高と支配領主が判明する史料や文献はこれまでなく、和泉氏自身、本書を『旧高旧領取調帳』と対をなす「幕藩体制成立段階研究の基礎的史料」として位置付けている。また、国絵図については多角的な視点から数多くの研究が行われているが、郷帳については体系的な研究がほとんどないのが現状であり、全国に伝存する郷帳を網羅的に検討した本書は、今後の郷帳研究の基軸ともなろう。
 さて本書の構成内容は、次の通りである。

第一編 近世前期の郷帳・国絵図の成立と特色
     −正保の郷帳・国絵図の分析を中心に−
 はじめに
 第一章 郷帳と国絵図
 一 国絵図・郷帳・郷村高辻帳(郷村帳)
 二 近世の郷帳と国絵図について
 三 正保の郷帳と国絵図の作成過程
 第二章 個別郷帳・国絵図・郷村帳の特色
 第一節 個別郷帳の特色
  1陸奥弘前藩領/2陸奥盛岡藩領/3陸奥仙台藩領/4陸奥岩城平・棚倉・中村藩領/5出羽/6下野/7武蔵/8安房/9駿河/10遠江/11信濃/12越中/13能登/14加賀/15越前/16若狭/17美濃/18尾張/19伊勢/20近江/21摂津/22河内/23和泉/24山城/25丹波/26播磨/27備前/28備中/29美作/30周防/31長門/32伊予/33筑前/34豊後/35肥後/36対馬
 第二節 国絵図および領内絵図の特色
  1陸奥米沢藩領/2陸奥白河・二本松・三春藩領/3上総/4伊豆/5甲斐/6越後/7佐渡/8志摩/9伊賀/10紀伊/11丹後/12但馬/13出雲/14隠岐/15石見/16淡路/17阿波/18豊前/19肥前/20壱岐/21筑後/22日向/23薩摩/24琉球
 第三節 正保郷帳以外の郷村帳の特色
  1陸奥会津若松藩領/2上野/3三河/4飛騨/5大和/6因幡/7伯耆/8備後/9安芸/10讃岐/11土佐/12大隅
 参考 常陸・相模の郷帳復元
  1常陸/2相模
 第三章 正保郷帳における国郡高の郡名の変遷
 一 正保郷帳における各国高および惣石高
 二 正保郷帳における郡名の変遷と郡高
 三 正保郷帳と寛永朱印改め・寛文印知
 第四章 正保郷帳と石高制
 一 石高制と永高制、その他
 二 表高(公称高)と実高
 三 検地と石高
 四 石高制の意義
 第五章 正保の郷帳と国絵図
 一 正保の郷帳と国絵図の意義
 二 正保の郷帳と国絵図の差異
 三 元禄の郷帳・国絵図との対比
 むすびに

第二編 近世前期の領主支配−正保・慶安段階を中心に−
 第一章 徳川幕府成立段階の大名の所領配置
 第二章 徳川幕府成立段階の旗本層形成と所領配置
 一 関東入国と旗本層の知行配置
 二 幕府成立と旗本層の形成
 三 寛永の地方直し
 第三章 正保・慶安段階における大名・旗本等の所領配置
 一 所領配置の概要
 二 所領配置の特色
  1与力・同心の給地/2伊賀者・甲賀者の給地/3八王子千人同心頭の給地
 第四章 東北・関東地方の所領分布と領主
  1陸奥/2出羽/3下野/4常陸/5上野/6武蔵/7下総/8上総/9安房/10相模
 第五章 中部地方(甲信越・東海地方)の所領分布と領主
  11越後/12佐渡/13越中/14能登/15加賀/16越前/17若狭/18甲斐/19信濃/20飛騨/21美濃/22伊豆/23駿河/24遠江/25三河/26尾張/27伊勢/28志摩/29伊賀
 第六章 近畿地方の所領分布と領主
  30近江/31摂津/32河内/33和泉/34大和/35山城/36丹波/37丹後/38紀伊
 第七章 中国・四国地方の所領分布と領主
  39播磨/40但馬/41因幡/42伯耆/43出雲/44隠岐/45石見/46備前/47美作/48備中/49備後/50安芸/51長門/52周防/53阿波/54淡路/55讃岐/56伊予/57土佐
 第八章 九州地方(琉球を含む)の所領分布と領主
  58筑前/59筑後/60豊前/61豊後/62肥前/63肥後/64壱岐/65対馬/66日向/67薩摩/68大隅/69琉球
 むすびに

 本書は大きく二編に別けられ、第一編では、データベースの作成に用いた郷帳や国絵図の個別具体的な検討を行い、第二編では、郷帳等から判明した支配領主の入封状況を国別に検討している。

 まず第一編第一章では、郷帳と国絵図、郷村高辻帳(郷村帳)の性格を踏まえたうえで、郷帳と国絵図の作成過程と特色を実施年度ごとに考察する。近世においては、郷帳が六回(天正一九年・慶長一〇年・正保元年・寛文四年・元禄一〇年・天保二年)、国絵図(天正一九年・慶長一〇年・寛永一〇年・正保元年・元禄一〇年・天保二年)が六回作成されているが、それらはいずれも「国郡制支配原理」に基づいて作成されている点を強調している。
 第二章では、正保期前後の三三か国(三六点)の郷帳、二二か国・一地域(二四点)の国絵図、一二か国(一二点)の郷村帳を国別にあるいは史料ごとに一つ一つ取り上げ、個別具体的に記載形式や記載内容等を検討している。正保郷帳の検討にあたっては、@幕府提出用の副本、A副本の下書き、B前二つの系統を踏まえながらもそれらと異なる系統のもの、という三つのパターンを掲げ、伝存する郷帳の性格を把握している。
 第三章では、正保期段階の日本全体の惣石高および郡名・郡高について検討を加えている。正保期段階の日本全体の惣石高については、実数は出せないことを断りつつも、和泉氏が収集した史料をもとに改めて計算し直した結果、既知のデータより若干多くなること、また郡高が既知のデータと異なること等が指摘されている。郡名については、正保の郷帳・国絵図・郷村帳と寛文印知状を比較すると、正保段階までは中世以来の郡名が残っているが、寛文印知段階から次第に統一・再編成されていったこと、領地判物に記載された名が郡名の確定につながったこと等興味深い指摘がなされている。
 第四章では、正保郷帳に記載される石高の性格について考察している。徳川幕府による正保郷帳の提出命令は、一つには石高制原則を貫徹するためのものであったとするも、実際には地域ごとにあるいは支配領主ごとに事情が様々であり、石高制への一本化は必ずしも実現しなかったとする。また、石高制として表現されている石高も、「概高」「坪高」等により一様ではなく、したがって、必ずしも生産高のみを表現するものではなかったとしている。
 第五章では、正保の郷帳と国絵図の差異の検討を行い、郷帳と国絵図では形態的な違いとは別に「出作」=新田地の扱いに違いがあることを見出している。また、元禄郷帳・国絵図との対比も行い、元禄郷帳・国絵図は正保郷帳・国絵図の改正を意図したものであったが、御領・私領・寺社領などの区分けや領主名の記載は不要となっている点等が相違点として挙げられている。
 本編の「むすびに」では、国別に平均村高を算出し、その大きさ等から村落支配政策や村切りとの関係が論じられている。関東を例にとれば、その平均村高は、武蔵国四〇六石、下野国五〇六石、上総国三六二石、安房国三七八石で、関東全体では四一三石という数字が示され、中世的な郷庄の肩書きは見られないことが指摘されている。

 次に第二編では、まず第一章から第三章で全国の所領配置の動向を大名・旗本等の順で総論的に解説している。
 第一章では、関ヶ原の戦い以後の大名の所領配置のあり様を地方別におさえながら俯瞰的に解説する。
 第二章では、徳川氏の関東入国以後の徳川譜代旗本層の配置と知行高との相関を分析し、次いで徳川譜代以外の旗本層の全国的な分布の様子を検討し、最後に旗本層の配置と寛永の地方直しとの関連を考察している。中級・下級の旗本層は通説どおり一夜泊の一〇里四方以内のところに数多く配置されていることをデータによって確認しつつ、また旗本知行の分散的宛行は飢饉等による危険の分散策であったこと等を指摘している。
 第三章では、正保・慶安段階における大名・旗本等の実人数を地方別に探るとともに、与力・同心、伊賀者・甲賀者、八王子千人同心頭等の特殊な知行形態についても検討している。
 そして第四章から第八章において、地方別・国別に正保郷帳等から判明した支配領主の所領分布を具体的に検討し、その所領分布状況から所領配置の特色を考察している。

 本編の分析を通じて、正保・慶安段階では一部推定を含むものの、大名二二九人、旗本(知行取のみ)少なくとも一七二〇人、宮家三人、公家九七人の存在を確認している。また、これによって『寛政重修諸家譜』では国郡別までしか判明しなかった支配領主の知行高・知行村が村別レベルで把握できるようになったことをその意義として述べるとともに、『寛政重修諸家譜』の近世前期段階の知行地の記述には少なからず誤りが見られることを合わせて指摘している。
 これまで近世前期段階の郷村高と支配領主を全国的に網羅した文献や史料がなかったことを考えれば、本書一冊でそれらの全容が簡便に把握できるようになったことは、今後の近世史研究にとって大変意義深い成果といえよう。付録のCD−ROMには「Excel」ソフトで作成された基礎データも合わせて提供されており、「Excel」ソフトの操作を駆使すれば、様々な統計・集計データを採ることも可能である。まさしく『旧高旧領取調帳』と対をなす近世前期段階の「基礎的史料」として、ぜひ手元におきたい一書である。


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