榎森 進・小口雅史・澤登寛聡編
『エミシ・エゾ・アイヌ 
 アイヌ文化の成立と変容−交易と交流を中心として(上)』

評者:中田 裕香
「古代文化」61-2(2009.9)

 本書は、法政大学国際日本学研究所による「日本学の総合的研究」プロジェクト中の「日本の中の異文化(アイヌ文化の成立と変容)」の報告書(2007年3月刊行)改訂増補や新稿を加え、2冊に分割して出版したものの上巻で、日本史の古代・中世相当の時期を対象とした論文18編を収録する。本書の構成は以下のとおりである。

刊行にあたって(澤登寛聡)
エミシ・エゾ・アイヌ一本巻の課題と梗概−(榎森 進)
第一部 エミシ・エゾ・擦文文化をめぐって
 考古学からみたアイヌ民族史(天野哲也)
東北北部におけるエミシからエゾへの考古学的検討
  −天野哲也「考古学からみたアイヌ民族史」へのコメント(1)−(伊藤博幸)
 文献史料からみた「エゾ」の成立
  −天野哲也「考古学からみたアイヌ民族史」へのコメント(2)−(小口雅史)
 渡嶋蝦夷と津軽蝦夷(八木光則)
 擦文文化の終末年代をどう考えるか(小野裕子)
 夷俘と俘囚(永田 一) 
第二部 オホーツク文化の世界
 オホーツク文化の形成と展開に関わる集団の文化的系統について(小野裕子・天野哲也)
 北海道東部における「中世アイヌ」社会形成前夜の動向 
  −列島史のなかのトビニタイ文化の位置−(大西秀之)
 11〜12世紀の擦文人は何をめざしたか
  −擦文文化の分布域拡大の要因について−(澤井 玄)
 アイヌ文化の前史としてのオホーツク文化
  −松法川北岸遺跡を事例として−(涌坂周一)
 EPMA分析画像の解析によるオホーツク海沿岸出土の土器研究
  −土器に含まれる砂粒の成分分析と産地同定−(竹内孝・中村和之)
 千島列島への移住と適応−島嶼生物地理学という視点−(手塚 薫)
第三部 アイヌ文化の成立−北海道の中世−
 「日の本」世界の誕生と「日の本将軍」(小口雅史)
 和人地・上之国館跡 勝山館跡出土品に見るアイヌ文化(松崎水穂)
 北海道南部における中世墓(越田賢一郎)
 北海道における中世陶磁器の出土状況とその変遷(石井淳平)
 札幌市K39遺跡大木地点の中世遺跡をめぐって(上野秀一)
 松前家の家宝「銅雀台瓦硯」について(久保 泰)
むすびにかえて−本書刊行に至る経緯−(小口雅史)

 第一部では、擦文文化の終末年代と土器や文献からみたエゾの成立に論点がしぼられる。天野、小野は道東部でアイヌ文化の始まるのは鉄鍋の普及等から15〜16世紀頃とする。伊藤、八木は北海道と東北北部の交涜・分断を土器の変化から論じる。
 第二部では、オホーツク文化期からアイヌ文化期にかけての道北日本海沿岸、オホーツク海沿岸、道東部への移住・拡散や交易が論じられる。小野・天野はオホーツク文化の形成・展開に文化的な系譜を異にする集団の参与を考える。大西、澤井は東北北部からの鉄器・穀物等の獲得を目的に北海道北東部では毛皮や鷲羽、鮭等の狩猟へ生業が傾斜したと述べる。
 第三部では、アイヌ文化の成立に関する見解が道南部・道央部の遺構や遺物の分析から提示される。松崎は上ノ国では擦文時代以来の地域社会に連なる人々が次の時代の地域形成に関わると指摘する。越田は中世墓の被葬者を交易品を所有できる階層に限定する。石井は陶磁器の分布の変遷は在地社会での受容形態の変遷を反映したと考える。
 近年、道央部では擦文文化期以降の内陸ルートやチャシの成立に関する成果が蓄積されている。本書はそれらを考える際の道標ともなるだろう。
(海道教育庁文化・スポーツ課)


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