胡桃沢勘司編著『牛方・ボッカと海産物移入』

評者:増田昭子
「日本民俗学」257(2009.2)

 本書は、長野県を中心にした牛方・ボッカと海産物移入にかんする一九七六年から書き始めた旧稿を再編した交通・交易史試論である。新しい論考は二〇〇一年に公刊されているので、一つのテーマを二十五年間にわたって考察した労作といえよう。
 目次は、

第一編 越後経由の移入路 
 第一章 千国街道の様相
 第二章 輸送機関をめぐる問題
第二編 飛?経由の移入路 
 第一章 野麦街道の様相 
 第二章 越中・南信濃との接続 
特論 年取魚としてのブリ 

である。
 糸魚川から大町・松本への千国街道、富山から高山経由松本への野麦街道は、日本海からの魚・塩などの海産物と米、特に年取魚ブリの運搬道であった。しかし、明治中期には鉄道輸送になり、牛方・ボッカは減少し、現時点の伝承に限界がある。編者が「今なお学術的価値が認められる」とするのは伝承の減少を憂いてのことで、本書刊行の意図はそこにある。

 注目したいのは民俗の個別から総合へ、あるいは民俗の史的位置付けを強く希求した書で、交通・交易史構築への意識を持っていることである。民俗の史的位置付けの重要性はだれも自覚しているが、実行することは実に難しい。伝承と文献の使用は時間的・空間的に重層、錯綜しやすい。本書を読むと、次のような場面に遭遇する。ブリの輸送は牛方・ボッカに任されていたが、発送元の海産物商人も現地に同行して販売活動をしていた。この事実は文献からの認識であった。オーラルヒストリーを重視するある歴史学者は「伝承のウラを取れ」と、主張するが、ここでは伝承で得た認識のウラを文献でとったのである。特論の「年取魚としてのブリ」では、ブリの製法・加工が神饌と儀礼食のあり方、その始原にも影響を及ぼしていたとする歴史的事実を解明している。儀礼の成立やあり方が人の心意のみで形成されるのではなく、経済的裏づけがあって成立ち、習俗の始原と同時に「習俗の一般化の時代」を重視することで、民俗の姶原、普及、変化を把握しようとしている。民俗を固定化して認識するのではなく、歴史的事象として把握する意図が明確である。
 交通史の研究が交通・運搬手段研究に偏るのではなく、交通・運輸手段の変化に応じて人の暮らしがどう変わったのかが重要である。そのことを示す一書である。


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