堀内 眞著『山に暮らす 山梨県の生業と信仰』

評者:湯川洋司
「日本民俗学」257(2009.2)

 本書の「山」について、著者は、「地形としての山のみならず、そこに展開するヤマの用例やその表現とされる認識の多様性を含めて、このような山の自然環境と人間活動の接触を通じて、この領域で生成し、醸成されてきた生活様式を山の民俗として捉え」る(はしがき)と説明している。一部書下ろしを含み、山梨県内を対象にした既発表の文章を編集して成ったもで、次のような構成と内容である。

 T 山の作物
  第一章 作物禁忌伝説と俗信−夕顔の伝承を中心して−
  第二章 小室浅間神社の筒粥神事
  第三章 筒粥と作物
U 山人の世界
  第一章 ヤマと呼ばれる耕地−ヤマとカイト−
  第二章 小明見の村落形成と同族集団
  第三章 オヤオクリ、シュウトトムライと、位牌分け
  第四章 焼畑の技術
  第五章 焼畑のムラの世界−早川町奈良田を例に−
 V 山の道祖神信仰
  第一章 山梨県の道祖神祭
  第二章 小正月行事とモノツクリ
  第三章 丹波山村の御松引き
  第四章 行事の伝承と変容−山梨県峡南地方の道祖神祭を例に−

 Tでは夕顔が取り上げられる。第一章では夕顔が古い栽培作物であり、また年占作物、禁忌作物でもあるなど、その特色を整理し、第二章で富士吉田市の小室浅間神社で小正月に行なわれる筒粥神事の実際を詳細に記述する。この神事では一番に夕顔の作占いがなされるが、第三章で各地の神社で行なわれる筒粥神事を分析するなどした結果、八ヶ岳や茅ヶ岳の山麓地域では麦が、甲府盆地の平坦地では苗床がそれぞれ一番に占われるのに対し、山間地域では夕顔が一番になされることを示して、夕顔が持つ山の作物としての性格を抽出している。
 Uでは、山梨県内において一般にヤマガとかヤマナカと称される山地や山間地を対象に、ヤマとかカイトと呼ぶ耕地、イッケシとかイットウなどと呼ぶ同族団、親の葬式にイエの継承省以外の子もかかわるオヤオクリやシュウトトムライなどの習俗、南巨摩郡早川町奈良田の焼畑などを取り上げ、山に暮らすヤモード(山人)の世界を探ろうとする。また、Vは道祖神信仰や正月行事の御松引きやモノツクリについて、報告・考察がなされている。

 本書は、白身の丹念な調査により得た資料に基づく詳細な報告と、資料を整理した表や分布図を多用した考察とから構成されている点に特色があり、それゆえにヤマの世界の性格を実感的に理解することができる内容になっている。


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