倉石あつ子著『女性民俗誌論』

評者:福岡直子
「民俗文化研究」10(2009.8)

 著者は、御書のあとがき(507頁)で、次のように記している。
「民俗学における資料収集の基本はフィールドワークであり、そのフィールドワークの資料こそが、その研究者のオリジナル資料であるという考えには変わりない。本書は、フィールドワークの資料からモノをいうことを心がけてきた筆者の長年の蓄積原稿である。」
 このとおり、御書には、民俗学という学問に向かう著者の姿勢が随所にみられる。誰もが知るように、長野県をフィールドワークする際、まず、著者の民俗誌を先行研究として読む。そして、そのことは、結果として民俗における女性の存在を考えるきっかけを与えてくれることにもなる。
 御書であげられている民俗事例は長野県にとどまらず、国内では新潟県・千葉県をはじめ、国外では中国・韓国にもフィールドの地を広げている。そして、養蚕を通した女性の社会的意味や象徴性を比較研究することの重要性を提唱しており、筆者の関心事からいえば、この点は特に傾聴すべきことであり示唆に富む。
 筆者は、文化の伝播に関心を持っている。ここで、蛇足ながら、かつて、千葉県鎌ヶ谷市で聞いた話を簡単に紹介することとしたい。
 大正7年(1918)、現長野県諏訪市湖南で生まれ育ったAさんは、昭和11年(1936)、現鎌ヶ谷市に家族で移住した。満20歳で鎌ヶ谷市内の男性と結婚したが、農作業のとき、それまで着用していた諏訪市のものと鎌ヶ谷市で着用していた身なりの違いにとまどい、結婚後、数年経ってから鎌ヶ谷市風にした。つまり、湖南で着用していたフンゴミ式の下衣から当地風の股引に変えたのである。
 以上の事例からは、たかが衣服とはいえ、異文化に接した女性のとまどいがみられる。御書からは、異文化を経験する社会で生きる女性のありようが、ひしひしと伝わる。おとぎ話の世界ではなく、喜怒哀楽のあるありのままの社会を示した御書である。御書から、読者は、現在を、そして未来を考えていく契機とすべきである。その要素は、509頁という御書のはしばしにみられるといえよう。
 拙い紹介だったが、以下、目次(章のみ)を記し、終わらせていただきたい。
    
    目 次
 序 章 女性の民俗−女性論の再生に向けて−
第一部 民俗学研究における女性研究の視点
 第一章 女性研究の成果と課題
 第二章 民俗学研究における女性研究者の視点と男性研究者の視点
      −学問領域に男女の区別は存在するか−
 第三章 能田多代子の視点−能田多代子の生涯とその研究−
 第四章 折口信夫の女性観−柳田国男を視野に入れて−
 第五章 向山雅重の視点
第二部 民俗社会における女たち
 第一章 長野市域の女性たち
 第二章 女性の一日−上越市域に暮らす−
 第三章 海沿いの村の女性たち
 第四章 商家の女性−松本市域に暮らす−
第三部 女性の役割の象徴性−日・中・韓の養蚕労働から−
 第一章 養蚕の稼ぎ−長野県三郷村
 第二章 中国における養蚕事情
 第三章 韓国の養蚕事情−女性の養蚕から男性の養蚕へ−
第四部 民俗学としての女性論−課題と展望−
 第一章 伝承の持続と生成−女性から女性への伝承ということ
 第二章 育児・介護の労働力としての女性が抱える諸問題
 終 章 民俗学とフィールドワーク−その必要性と可能性−


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