長谷川成一監修 浪川健治・河西英通編『地域ネットワークと社会変容』

評者:中野渡一耕
「地方史研究」340(2009.8)

 本書は弘前大学教授長谷川成一氏の還暦を記念して、長谷川氏の教え子や弘前大学国史研究会のメンバーなど、氏の薫陶を受けた研究者たちが分担執筆した論文集である。
 氏は一九七八年に弘前大学に赴任して以来、地域の核として北奥地域史の研究を牽引してきた。同氏監修の論文集としては、『北方社会史の視座』(全三巻 清文堂 二〇〇七〜八)に続くものであり、双方に執筆している研究者も多い。
 本書は近世から近代にかけての十六本の論文を、三つのテーマに分けて収録している。長谷川氏も自身の近年の研究テーマである尾太鉱山に関連する論考を寄せている。構成は以下の通りである。なお、紙幅の都合でサブタイトルは省略した。

T 近世の枠組みと「境界」
 位置づけと紹介             浪川健治
 境界を越える者              浪川健治
 近世前期の平戸藩と浦方の家臣      吉村雅美
 商人司の存続と伝来文書         阿部綾子
 近世北奥の藩領域            本田 伸
 後期幕領期の蝦夷地・アイヌ統治政策   市毛幹幸
U ネットワークが生む多様な近世地域像
 位置づけと紹介        浪川健治
 足羽次郎三郎考            長谷川成一
 北羽地域社会と殖産論        金森正也
 義民・民次郎一揆 再考        瀧本壽史
 近世後期津軽領における漁業史の一考察  坂本寿夫
 近世後期津軽領の災害像         白石睦弥
 天保飢饉時の弘前藩における山林利用   土谷紘子
V 変容のなかに形成される近代の地域像
 位置づけと紹介              河西英適
 地域の意識                河西英通
 幕末期弘前藩における洋式兵学の導入と展開 福井敏隆
 北海道における教導職の活動と意識       山下須美礼
 秋田県における国民強化政策の展開        岩森 譲
 戦時期地域医療の“経験”            川内淳史

 第T部では近世成立期や近代移行期を中心に、国家によって編成された枠組みや「境界」についての性格を検討する。第U部では人と人、政治や社会・文化とを繋ぐネットワークについて検証・考察する。第V部では、近世から近代の社会的変容のなかで、地域と個人との抵抗や同調の有り様を考察している。便宜上、V部構成になっているが、各論文の配列を見る限り、流れるものは共通しているように思えた。
 各論文は青森県を中心に北東北・北海道をフィールドとしたものが多く、当地に生きる人々の多様な地域像や自己認識について探ろうとしている。個別研究のほか、寛文蝦夷蜂起に渡海した牢人層の動向(浪川論文)、幕末期アイヌ統治政策とその限界(市毛論文)、いわゆる「義民」伝承の再検討(瀧本論文)、明治初期の「津軽対南部」という地域意識の自覚(河西論文)など、耳目を引く地域論が続く。
 「あとがき」の中で、・執筆者の代表瀧本壽史氏は、現代の様々な多様性を探る視点としての「総合研究」に向けての必要性を強調している。長谷川氏のグループは総合研究に向けての実績を重ね、一九九六年度からの『青森県史』の立ち上げという結実もみた。しかし、その『青森県史』も県の財政悪化により大幅に延長されているように、地域を取り巻く研究環境は決して楽なものでない。「地域の時代」と言われて久しいが、時代を超えて歴史学が地域にいかに貢献するか、研究者たちがいかに社会的繋りを持つか、本論文集による成果を期待するものである。


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