平山優・丸島和洋編『戦国大名武田氏の権力と支配』

評者:畑 和良
「地方史研究」340(2009.8)

 本書は、「武田氏研究会シンポジウムワーキンググループ」と称する勉強会の成果を収録した論文集の体裁をとる。「はしがき」「あとがき」によれば、近年の戦国大名研究の個別細分化傾向の功罪について真摯に受け止めた上で、「武田氏を題材として戦国期研究の普遍的課題に取り組む」という姿勢のもと、執筆された論文をまとめたものという。以下雑駁ではあるが、収録論文の内容を紹介しておきたい。

 第一部には、軍制・取次・国衆との関係・家中の問題など、権力構造に関わる論文が収録されている。
 平山優氏「武田氏の知行役と軍制」は、家臣の知行高(定納貫高)と軍役員数との対応関係、武装の規格化・統一化のありさま、寄親が同心・被官に対して果たした役割などの検討を通じて、武田氏の領国拡大戦争を支えた軍事力を立体的に捉えようとしている。
 丸島和洋氏「武田氏の領域支配と取次」は、武田氏が新規に支配下に入った地域に対する初期段階の窓口として「領域担当取次」を設定したことを指摘し、個別的契約として評価されることの多い取次関係を、武田氏が領国支配に積極的に活用していたことを明らかにしている。
 柴裕之氏「武田氏の領国構造と先方衆」は、戦国大名武田氏と先方衆(外様国衆)との結びつきを、先方衆「国家」の存立維持の観点から検討し、従来武田氏による先方衆領への強権的介入と評価されてきた諸政策について、先方衆独自の領域支配を前提にその保護を意図した政治的対応として把握し直そうとしている。
 黒田基樹氏「武田氏家中論」は、これまで研究者間で捉え方に混乱があった家中構成に関する用語(御一門衆・御家人・軍役衆など)について、当時の関係者の認識に即して整理を試みたものである。家中の範囲についても史料の表現に基づいた見直しが図られている他、土豪層の大名被官化について刺激的な指摘がなされており、興味深い。

 続いて「第二部 領国支配」では、領国内における検地・所領安堵の問題、地域社会と土豪層の問題、対外政策としての戦争・外交を扱った論文が集められている。
 鈴木将典氏「武田氏の検地と税制」では、指出・改(検使派遣)・検地といった武田氏検地の諸段階を整理した上で、蒔高(俵高)を基準に貫高を算出する武田氏検地独特の様態、検地の施行原則・実施の契様などについて明らかにしている。また、武田氏における棟別役のあり方について、拡大する戦争状態への対応とからめて考察を加えているのが興味深い。
 小笠原春香氏「武田氏の外交と戦争」は、武田氏と将軍義昭・織田信長との外交関係を追跡し戦国大名の領土拡大戦争における外交の有効性、境目の国衆の存在が大名間の外交関係の締結・決裂に重要な契機を与えたことなどを指摘する。
 長谷川幸一氏「武田氏の宗教政策」は、所領安堵をめぐる寺社と武田氏とのやりとりを検討し、地域社会から武田氏がどのような存在として認識されていたのかを見通そうとしている。また、武田氏が敵対勢力の菩提寺などを対象に行った寺社領接収の意義についても論究する。
 小佐野浅子氏「武田領国の土豪層と地域社会」では、これまで小山田氏の家老として認知されていた小林氏を、甲斐国都留郡船津の「土豪」という観点から捉え直し、武田領国内の土豪が地域社会維持のために果たした役割について、開発・交通・軍事・外交などの側面から検討を加えている。

 巻末には、武田氏の檀那寺であった高野山成慶院所蔵の『檀那御寄進状并消息』が丸島和洋氏の手によって翻刻されている。武田氏一族・家臣団(一部、防長・筑豊の国衆も含む)の人名を確定する上でまた一つ貴重な史料が公表されたことを喜びたい。また、柴辻俊六氏編『戦国大名論集10 武田氏の研究』の後を引き継ぐかたちで、一九八三年以降二〇〇七年までに発表された武田氏関係論文を集大成した目録(海老沼真治氏作成)が添えられており、細分化・多量化して全貌の把握が難しい関係論文の検索の便が図られている。

 武田氏という特定の大名を主題とした論文集ではあるが、編者が強調するように現在の戦国期研究全般の抱える問題を強く意識した上で個別大名研究をこころがけたものであり、その意図は各論文に十分に活かされていると感じた。普遍的問題意識は扱いを誤ると他大名・他地域で検出された解釈を手続きなしに自身の研究対象に当てはめてしまう危険性をもはらむ。しかし、本書においては一部にロジック先行ぎみな印象を覚えるものがある他は、「結論先にありき」的な要素は極力排されている。基礎史料を丹念に読み解き、戦国期研究の課題を「武田氏に即して」考察し直し、新たな視点・課題を何らかのかたちで提示するに至っている論考が多い。それだけに、私のような初学者、かつ一地方の個別領主研究に没入してしまっている者が、戦国大名研究の現状について理解を進め、研究視角・史料解釈・方法論を学ぶ上で、よい刺激になった。単純に、武田氏関連史料から明らかにできる物事の多彩さに、西国領主の研究者として新鮮な驚きを覚えたことも付け加えておきたい。
 本書が現時点での武田氏研究の到達点を確認し次の段階へ進むための新たな出発点として、武田氏研究者必読の書となることは言をまたないが、戦国大名論のなかでの個別権力の位置付けを意識した研究成果の好例として、他地域の大名権力、または戦国社会研究をフィールドとする研究者にも一読を勧めたい。


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