大塚勲著『今川氏と遠江・駿河の中世』

評者:酒入陽子
「地方史研究」340(2009.8)

 本書は、岩田選書「地域の中世」シリーズ五冊目として刊行されたもので、本シリーズは、その名に「地域」と銘打つように、地域性を前面に押し出し、各地域に根ざした探求・考察により蓄積された研究の成果を公にするものである。本書の著者大塚氏も、長年にわたり遠江・駿河という地域、及びそこで勢力を拡大した今川氏にこだわって研究を進めてこられた研究者で、本書掲載の一五の論考は、地元研究雑誌や私家版『駿遠中世史雑考』『今川氏研究余禄』等に収録され、これまで入手困難なものも多かったが、今回このように纏まった形で刊行されたことは、東海地域史研究に大きく貢献するものといえよう。
 本書の内容は、以下の通りである。

はしがき
第一部 今川氏研究
 第一章 今川氏歴代の生没年・名称等覚書
 第二章 駿河守護今川氏の初期守護所
 第三章 室町期の今川氏一族
 第四章 今川義忠の討死と竜王丸の自立
 第五章 今川氏親の遠江・三河進出
 第六章 見付城主今川六郎氏延
 第七章 今川義元発給の天野文書
 第八章 今川義元の三河西条城接収
第二部 遠江・駿河の中世
 第一章 遠江の井伊介と駿河の狩野介
 第二章 駿河益頭庄地頭摂津氏
 第三章 南禅寺領遠江初倉庄の耕地面積
 第四章 遠江原氏覚書
 第五章 今川領国の名田と名職
 第六章 駿河国篠間郷の岡埜谷文書
 第七章 臨済寺と妙心寺派の僧たち

 一見して明らかなように、南北朝から戦国期にわたる今川氏歴代当主・一族や、当該地域を拠点とする氏族や地域に関わる基礎的研究が並んでいる。氏は、当該地域に徹底的にこだわり、関係史料を収集し、これらを駆使することで、一つ一つの問題を丹念に掘り下げ結論を導き出す。さらに地域にこだわる研究者らしい視点から研究史上の争点にもメスを入れる。例えば、北島正元氏が取りあげたことで注目され、その後のいわゆる戦国大名検地論争でも議論となった「岡埜谷文書」他の「百姓前」「名主職」「名職」「百姓職」の用語については、史料に見える村名を地籍図で確認し、新たな解釈を試みられ、これまでの議論に再考を迫る。
 このように本書は、当該地域の詳細な研究の積み重ねに加え、研究史上の問題点にもリンクするという点でも高く評価されよう。しかし、であるからこそ、初出一覧に発表年記載がないものがあることや、全体を通してのコメント(終わりに、まとめ等)がないことは、読者にとっては残念である。個々の論考から氏はどのような当該地域像を描くのか、是非伺いたいところである。
 しかし、いずれにせよ、本書が、豊富な地域関係史料と、地域に精通した視点から読み解く、当該地域解明の必読の一書であることに間違いない。一読をお勧めする次第である。


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