松尾正人編『近代日本の形成と地域社会−多摩の政治と文化』

評者:畔上直樹
「歴史評論」700(2008.8)

 本書は東京近郊に位置する多摩地域にかんする近現代地域史研究の最前線を示す論文集である。第一部「幕末維新の動乱と多摩」は、「八王子出身の幕末志士川村恵十郎についての一考察」(藤田英昭)、「多摩の戊辰戦争−仁義隊を中心に」(松尾正人)、「免許銃・所持銃・拝借銃ノート−明治初年の鉄砲改めと国産「ライフル」」(保谷徹)、第二部「近代多摩の社会と文化」は、「地租改正後の多摩−地価修正の実施と救助金をめぐって」(滝島功)、「旧品川県社倉金返還と地方制度の転換点−明治十三年に至る社倉金返還運動と国庫返済の背景」(藤野敦)、「明治末期における「隔離医療」と地域社会−ハンセン病療養所全生病院の創設と多摩」(石居人也)、「明治後期から大正期における地方銀行−五日市銀行の設立と経営 一八九六〜一九二四年」(石本正紀)、「地域における近代俳人の誕生−埼玉県所沢の斎藤俳小星を中心にして」(多田仁一)、第三部「首都・多摩の形成」は「空都多摩の誕生−東京都制編入の防空事情」(鈴木芳行)、「多摩の「都市化」の一側面−「総合的都市」建設を夢見た時代」(梅田定宏)、「多摩の戦後文化運動と武蔵村山」(山田義高)となっている。
 以上のように、きわめて多彩かつ魅力的なテーマが取り扱われている。いずれも地域史料を駆使し貴重な事例発掘をおこなっているが、それにとどまらず近年の学会研究動向や問題関心を意識して、多摩の地域史研究から従来の近代日本地域社会像に一石を投じようという問題提起性も強く感じられる意欲的な論文集である。
 冒頭の「本書の目的と構成」(松尾正人)によると、武蔵野市史編さん事業の終了後、市史で盛り込めなかったものや市域をこえた研究テーマをまとめたいという、編者をはじめとする近現代史メンバーの思いに出発点をもっているという。多摩の近現代史研究は自由民権運動研究など豊かな蓄積をもち、一九九〇年代にも地方史研究協議会多摩大会などに示されたような展開をみせてきた。本論集もまたその延長線上にあるわけだが、同時にそうした展開が一九六〇年代以降いろいろな自治体史編さん事業が継続していたことに支えられてきたものでもあったことを強く意識しているところに特徴がある。現在、自治体史編さん事業は大方「終了」し、その後の史料収集整理保存、公開といった「継続事業」の問題に直面している。本論集はこの「転機」のなかで、地域史研究の果たす役割を自覚的に問う新時代の多摩地域史研究の試みなのである。そこには歴史学がいかに社会と継続的にかかわっていくべきなのか、という歴史研究者に突きつけられている課題への具体的な取り組みをみることができよう。
(あぜがみ なおき)


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