和泉清司著『近世前期郷村高と領主の基礎的研究』

評者:宮原一郎
「地方史研究」340(2009.8)

 本書は、近世前期における正保・慶安段階の郷帳や国絵図を中心に、全国(下総国は除く)の郷村高や支配領主について、分析・研究したものである。
 武蔵国分については既に『武蔵田園簿』が刊行され、当該期の村高や領主の動向が窺える史料として活用されてきたが、今回の和泉氏の著作により全国的な動向が詳細に明らかになった。
 本書の構成は、以下の通りである。

第一編 近世前期の郷帳・国絵図の成立と特色
 第一章 郷帳と国絵図
 第二章 個別郷帳・国絵図・郷村帳の特色
 第三章 正保郷帳における国郡高と郡名の変遷
 第四章 正保郷帳と石高制
 第五章 正保郷帳と国絵図
第二編 近世前期の領主支配
 第一章 徳川幕府成立段階の大名の所領配置
 第二章 徳川幕府成立段階の旗本領形成と所領配置
 第三章 正保・慶安段階における大名・旗本等の所領配置
 第四章 東北・関東地方の所領分布と領主
 第五章 中部地方(甲信越・東海地方)の所領分布と領主
 第六章 近畿地方の所領分布と領主
 第七章 中国・四国地方の所領分布と領主
 第八章 九州地方(琉球をふくむ)の所領分布と配置
 
 第一編では、従来の国絵図偏重の研究状況に対して、本格的で全国的な郷帳の検討として、正保郷帳が三三ヶ国・三六点存在することを明らかにした。その上で郷帳の存在しない他の地域では絵図なども用いて、ほぼ全国の村高や支配領主を明らかにしている。また石高で表示されている村高も、地域により様々な形態があり一律でなく、必ずしも村高が生産高を示すものでないことを明らかにし、石高制の再検討が必要と言及している。
 第二編では全国的に領主支配について総合的に考察する。その結果、『寛政重修諸家譜』などで記載されている領主の所領高や村名などの正確な内訳、また大名や旗本の数も詳細が明らかとなっている。その検証過程で『寛政譜』の記載に誤りが多いことも指摘している。
 なんといっても本書の最大の特色は、附属のCDに入れられた近世前期郷村高・領主名データベースである(OSはWindowsのXPとVistaに対応)。検索条件は@国名A郡名B村名C領主名で、複合検索もでき、その結果を印刷することも可能である。国立歴史民俗博物館の旧高旧領取調帳のデータベースと比較すると、領主名で検索できる点(歴博はフリーワードでしか領主を検索できない)、印刷用の一覧表が備えられている点にメリットがある。また元データはエクセルの表形式でも保存され、そのデータの活用も可能だ。
 領主検索の場合は、検索に適さないとの理由で官途名でなく氏名で入力する必要があり、例えば「松平伊豆守」でなく「松平信綱」と人力することで川越藩の村洛の一覧が出てくる。また検索結果を六つまで保存でき、比較対象に簡便である。
 禁欲的に収集したデータの分析に終始する姿勢に、少なからず消化不良を感じるものの、このような地道な作業の結実を、広く日本史学会の共有財産として多くの方の活用を臨みつつ、本書の紹介としたい。


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