森安彦編著『武蔵国多摩郡関前新田名主井口忠左衛門と御門訴事件』

評者:外池 昇
「多摩地域史研究会会報」89(2009.8)

 御門訴事件については本誌の読者には改めて説明するまでもないであろうが、明治3年正月に、武蔵野新田12か村が品川県の苛酷な社倉政策に異を唱え、日本橋浜町の品川県庁の門前で門訴を行なった大事件である。関前新田名主忠左衛門らは捕えられついに獄死したが、この一連の過程は弾正台の注目する所となり、品川県の首脳は弾正台(明治2年に置かれた警察機関)に呼び出されて訊問を受けている。
 本書は、平成21年が御門訴事件によって尊い生命を犠牲とされた人びとの百四十回忌にあたることから森安彦氏の編著として企画・出版され、16頁にわたるカラー口絵に続けて、故・井口忠左衛門御門訴事件百四十年回忌記念会代表井口良美氏による序文、第一部「御門訴事件と井口忠左衛門」、第二部「新田開発と井口家の人々」、第三部「井口家ゆかりの人々」、第四部「井口家の古文書」を載せる。
 掲載された論文等は、新たに書き下ろされたものの他、すでに公にされていたものを再録したものも含まれるが、御門訴事件に関する研究の集大成として、また、地域の歴史をひもとくための貴重な手がかりとして、一般に、そして学界に高く評価される書籍である。
 さてここでひと言付け加えておきたいのは、森安彦氏による第四部「井口家の古文書」についてである。ここには井口家文書二千余点の中から37点が選ばれて収録されている。一般の史料集のように解読文のみを載せるのではなく、頁の上段に古文書の写真版を載せ、下段に解読文を載せるというスタイルを貫いている。写真版と解読文をあわせて検討できることの成果は測り知れないものがある。古文書がいったいどのような形状であるか、文字はどのように書かれているのか。解読文のみでは到底窺い知ることができない事柄を、写真版は雄弁に物語ってくれる。しかも、収録された37点の古文書の内御門訴事件に直接関係するもの11点の他が、御門訴事件以前の関前新田に関するものであることは注目される。むしろ数の上では御門訴事件以前の史料の方が多いのである。そこからは、御門訴事件の前提となった関前新田の様子が如実に浮かび上がってくる。ここでそのひとつひとつの例について指摘することはできないが、新田村落の日々の営みを伝える史料がよく選ばれており、このような史料がまとまって写真版と解読文の組み合わせによって紹介されたことの意味は大きい。近世村落史を専攻する研究者ばかりでなく、他分野の研究者、また、歴史に興味を持つ一般の方々に、広く関心が向けられることを期待する。この第四部「井口家の古文書」が機会となって、御門訴事件の、また、御門訴事件以前の関前新田をめぐる新たな研究がうまれてくるのか。大いに楽しみである。
 さらにもう一点述べれば、御門訴事件への品川県の対応を問うた弾正台による訊問の史料には、国立公文書館のホームページからデジタルアーカイブ・システムを通じてパソコンに史料の画像を表示させることができる。思えば、便利な世の中になったものである。
(本会会員・成城大学教授)


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