本書は新潟大学民俗学研究室十周年記念論文集である。平成五年(一九九三)、福田アジオ氏が新潟大学に着任し、博士課程の独立研究科として現代社会文化研究科が設置された。民俗学研究室は、社会に貢献できる民俗学を目指し、現代生活を歴史的に把握することを課題として研究と教育を推進し多くの卒業生を送り出してきた。十年間でこれほどの執筆陣を揃えられたことがそれを証明していると言えよう。
本書は、この研究室の卒業生と専任・非常勤の教師らが執筆した二二本の論文で構成され、収録論文の多くは卒業論文や修士論文をもとに新たに書き下ろされたものという。煩雑になるが、次に全執筆者とその論題を示す(サブタイトルは省略)。
第一編「環境と生業の関係性」は、
山間部放牧と牛飼いの技術(森行人)、
カワサキ船北進再考(池田哲夫)、
越後室谷のイワナ移殖放流(渡辺栄一)、
伝説からの環境論(野本寛一)、
川の民と生業(川上貴子)、
研究成果を地域社会へ還元する回路(岩野邦康)
の六本から成る。
第二編「地域社会研究の新展開」は、
近畿地方村落における家と個人(町田葉子)、
川手・桜井の天伯社祭り(井上佳誉子)、
水利慣行の規範と継承(飯島康夫)、
佐渡島の同輩間ユイ(小野博史)、
エアカとチャノミ(陳玲)、
民俗学における年齢概念(中野泰)、
娘組と娘仲間(福田アジオ)、
韓国鬱陵島におけるミュヌリ(嫁)の暮らし(呉賢欄)
の八本から成る。
そして第三編「心意・心性・感性の民俗研究」は、
世間話によるイベント生成(福山知恵)、
昔話伝承の社会的意義(池田直美)、
学校のトイレと怪談(常光徹)、
つるもの栽培禁忌とその社会性(坂井美香)、
寒倉講と地域社会(岩野笙子)、
後ろ向きの俗信(常光徹)、
瞽女の出世儀礼(鈴木昭英)、
忘れられた言語芸術(松崎真日)
の八本から成る。
そして巻末に新潟大学民俗学研究室の十年(池田哲夫)が付く。
全体としての印象を述べると、まず個人というカテゴリーの重要性に注目したいくつかの論考に目新しさを感じたし、民俗学史を実証的に検証した論考やフォークロリズム研究に連なる論考も興味深い内容となっており、わが国の理論民俗学分野を牽引してきた福田アジオ氏の学問的影響が感じ取れる。本書は全体として研究史や概念・用語の定義を押さえた手堅い論考に充ち、学問の確かな継承と力強い可能性を感じた次第である。
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