星野 紘著『村の伝統芸能が危ない』

評者:城所恵子
「日本民俗音楽学会会報」31(2009.7)

 星野紘著『村の伝統芸能が危ない』が岩田書院より本年の4月に上梓された。(2800円+税)
 2001年に勉誠出版から出された民俗音楽学会編の『民族音楽の底力』の中で星野氏は、「民俗音楽の復活再生への方策」と題して書いておられる。希望に満ちた内容であった。それからほどなく民俗芸能の置かれる立場は一変した。あの愛知県北設楽の花祭が人口の過疎化により2箇所も廃絶したと驚いていると、日本の各地から同様の情報が入ってくる。伝承者がいなくなれば村の伝統芸能も消えるのではないか、未曾有の危機への直感から学会の紀要やシンポジウムで機会あるごとに危機を訴えてこられた。

 今年の1月に開かれた民俗音楽学会の研究会に提起された成城大学大学院の星野ゼミで行った岐阜・長野・愛知・静岡4県の伝承困難度のアンケート調査の結果が数値化されている。それによると、集落の戸数の減少、生徒児童の集落外通学、伝承者の集落外への依存度の増加が集落の戸数が少ないほど大きいという現状と、それへの対策の一端を2007年徳島大会での基調講演とシンポジウムを加えて第一章に多くのページを割いて紹介している。

 今、村の伝統芸能に関心を寄せなければとの強い思いから理解を深めてもらうために、第二章では村の伝統芸能とは何なのかと、我々の先人である柳田國男・折口信夫・本田安次・小泉文夫らの研究を読み込んだ上で、星野氏独自の切り口で民俗音楽・民俗芸能を一括して捉え、従来種類別に分類されてきたものを歌や踊りの芸態別に概説している。また村の伝統芸能は地域の生活の一環として捉え、地域の祭や年中行事との関わりや、背後に秘められている地域の暮らし、悪霊退散、託宣、祝福祈祷、豊穣余祝など心意的目的にも言及している。この中で、アイヌの伝承は日本本土の分類概念から切り離して、狩猟生活に根ざした独特の神霊感への新たな解釈をしているが、それは著者自身ロシア西シベリアのハンティ族による熊祭りの実地調査を体験したことから深まった理解であって、農耕生活の継承者である我々が理解するには多くの時間を要する。

 第三章では、東北の修験系の獅子神楽の舞いの美しさと獅子頭信仰、市場原理について述べている。山伏神楽の特徴の一つである強い足踏みは、舞のリズムの基本であり、祈りの動作をリズミカルな舞として組み立て、舎文の声、太鼓の打音、足踏みで作られた舞の力強く美しく洗練されたものとなっている。またこの舞の伝承者は「神楽は一生が稽古。出来上がったということはない」、「役を踏み台にして、自分の現在の生きていることを投げ出して見せないと観客を感動させることはできない」とまるで古典芸能のプロの演者のような高い技芸観をもっている。為政者による神楽の神道化にも屈しない強い民間信仰と技芸伝統の高さを持った村の伝統芸能のあることを著者は伝えたいのだ。

 第四章ではユネスコの世界無形文化遺産登録が始まり、地球規模で伝統芸能も考えなくてはならないとする。終章で再び成城大学のアンケートと東北芸術工科大学の菊池和博氏の東北の修験系神楽へのアンケートを基に、村の伝統芸能がいかに青息吐息の状態であるかを示した上で、伝承地では現在どのような対応策が取られているかを述べて締め括っている。新たに統合されて多くの村の伝統芸能を抱えこんでいる自治体の関係者にも、是非読んでもらいたい。


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