平野明夫著『徳川権力の形成と発展』

評者:糟谷幸裕
「歴史評論」699(2008.7)

 本書は、前著『三河松平一族』(新人物往来社、二〇〇二年)の成果を引き継ぎ、戦国から織豊、近世にいたる松平・徳川氏(以下、徳川氏で統一)権力の歴史的展開を明らかにするものである。
 本書の構成は以下のとおりである。

序論 松平・徳川氏研究の軌跡と本書の構成
 第一節 近世における松平・徳川氏研究の軌跡
 第二節 近現代における松平・徳川氏研究の軌跡
 第三節 本書の構成
第一章 戦国期の松平・徳川氏
 第一節 松平宗家と今川氏
 第二節 徳川氏と足利将軍
 第三節 三河統一期の支配体制
 第四節 徳川氏の起請文
第二章 織豊大名徳川氏
 第一節 徳川氏と織田氏
 第二節 豊臣政権下の徳川氏
 第三節 徳川氏の年中行事
 第四節 松平庶家とその家中
第三章 統一権力徳川氏
 第一節 江戸幕府の謡初
 第二節 徳川将軍家代替わりの起請文
結論 中近世移行期の権力

 本論は三章からなり、おおよそ、それぞれ徳川権力の諸段階に即して構成されている。その時期区分を示せば、今川氏の従属下から永禄三年の桶狭間合戦を契機に自立を遂げ、戦国大名化する過程を戦国期、その間に同盟を結んだ織田氏との関係が、足利義昭の追放以後次第に主従関係へと変化し、天正三年頃にそれが明確化して以降を織豊大名期、江戸幕府開府以降を統一権力期とする。この区分からは、徳川権力の性格が今川・織田・豊臣といった上位権力との関係性に強く規定されていることがうかがえ、その評価および具体像の解明が本書のひとつの主題をなしている。
 本書の内容は以下のようにまとめられよう。戦国期には、有力家臣を中心に支配機構を整備し、それを果たしえず一揆的な構成をとる中小領主を従属させた大名権力が現れる。大名権力は軍役を定量化し、それによって自立しつつある村からの動員をも可能としており、村に基盤を置く新たな権力体としてこれを戦国大名と評価する。
 徳川氏の場合、桶狭間合戦後に今川氏から自立するなかで戦国大名化を果たすが、その基盤は天文年間以降の内訌を経るなかで蓄積されていた。一方で徳川氏は、自立直後から足利将軍家と交渉を持ち、直臣化することで支配の正統性を獲得した。
 織田氏との関係は、当初、ともに足利将軍家を推戴する意味で対等であったが、足利義昭の追放によって織田氏への臣従へと変容していく。嫡子信康の成敗はその象徴的な事件であった。
 織田政権を継承した豊臣政権には、天正一四年の秀吉への謁見を契機にその従属下に入る。徳川氏は政権内で第一位の地位を確保するものの、その枠内に位置づけられ、権力の独自性は大きく減退した。豊臣政権は全国規模で政策を推進する統一権力として君臨し、徳川領国もその例外ではなかった。五カ国検地も太閤検地の一環として行われたものであった。そうした豊臣政権の政策遂行に当初中心的に関与することのなかった徳川氏であったが、豊臣秀次の失脚以後、豊臣政権は諸大名連合としての性格を強める。徳川氏はその中核に位置づけられた。この権限を拡大することで、徳川氏は新たな統一権力ヘの道を開いていった。
 統一権力としての徳川氏は、当初は宿老層を中心とする大名権力と連続的なあり方を示していたが、元禄〜宝暦頃には外様大名をも含みこみ、特定の家に依拠しない、整備された機構をもって支配する、より公的な統一権力へと転換した。以上が本書で展開された議論の概要である。

 近年、五カ国検地や豊臣惣無事令への関与のあり方など、戦国・織豊期の徳川氏研究は急速な進展をみせており、本書に先立っては本多隆成氏も単著をまとめられている(『初期徳川氏の農村支配』、吉川弘文館、二〇〇六年二月)。
 そうした研究動向を背景に上梓された本書は、原論文に大幅な加除訂正が施され、新稿もあわせてほとんど書き下ろしといってよい。とくに、本多氏をはじめ旧稿に加えられた批判については努めて反論・再論を示している。わけても、徳川家康の自立の時期についてなど、年代比定を伴う政治史的な論点については、通説の見直しを迫る知見が多々提示されている。史料の限定されるなか精緻な読み込みが不可欠であり、ここで示された諸説の再検討を通じたさらなる議論の進展が期待される。
 また本書で特徴的に用いられる手法として、行事、書札礼など儀礼的な側面に着目し、そこから当該期の政治動向を照射せんとするものがある。関連史料の収集・分析がなされ、その具体像が明確にされたことは大きな成果であろう。
 ただし、儀礼にはその性質上、前代以来の正統性や身分観念が持ち込まれやすいが、それが当該期の権力構造に与えた規定性については、いま少し慎重になるべき点が見受けられるように感じられた。たとえば、戦国大名の支配が一国単位であり、それは国司・守護の一国支配の正統性を継承したためとする議論は(第二章第三節)実証が必要であろう。一方で著者は、大名権力の存立基盤として自立した村々の支持や権力機構の整備を挙げている。権力の実態的な側面と権威の継承の側面とをともに重視しており、その観点は貴重であるが、両者が具体的にどう切り結んでいるのか、その関係性がわかりにくいように思われる。
 以上、雑駁な紹介と若干の批判に終始したが、筆者の力量不足から著者の真意を汲みえなかった点も多々あると思われる。著者および読者諸賢の御海容を願いたい。

(かすや ゆきひろ)


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