西海賢二著『武州御嶽山信仰』

評者:小宮佐知子
「地方史研究」339(2009.6)


 従来の山岳信仰をめぐる研究は、民俗学的立場においては代参講などに代表される村落内部の存在価値について主に論じられ、歴史学的立場においては社会経済史から論じられる傾向にあったことは否めなかった。西海氏は、歴史学と民俗学の両面から、村落内部に存する講の機能を分析し、講が信仰集団だけに集約されるものではなく、地域住民の社会・経済状況にも影響していたことを究明されてきた。
 本書は、西海賢二氏の博士論文『近世山岳信仰の地域的展開−武州御嶽山・伊予石鎚山を中心にして−』から、武州御嶽山に関する内容をまとめられたものである。武州御嶽講を山岳信仰における地域の民俗信仰展開の一つの素材として設定し、多くの事例をもとに「講集団」の存在形態・変遷過程を追及している。目次は次のとおりである。

 序 章 近世山岳信仰と地域社会−研究史の回顧と展望をかねて−
 第一章 中世社会と御嶽山
 第二章 近世御嶽山の祠職制
 第三章 武州御嶽山の経済構造
 第四章 御嶽山の祭礼諸役
 第五章 武州御嶽講の組織と機能
 第六章 代参習俗と講
 第七章 多摩地方の経済構造と御嶽講
 第八章 農民決起と講集団
 第九章 幕末維新後の御嶽山
 終 章 山岳信仰と地域霊場

 本書の概要を示すと、先ず、武州御嶽講の近世以降の成立展開過程を、信徒側(講中=ゲスト側)からの視点だけでなく、御嶽山側(神主・社僧・御師・別当=ホスト側)からの視点もくわえ、ゲストとホストを繋ぐ檀那場をめぐる師檀関係について、溝中の分布状況や各御師の檀家保有数、御師の職能、講中の組織や機能から分析されている。
 そして、参詣道中の町・村などが参詣行為によってどの程度の経済的利潤がもたらされたかについて、武州御嶽の「地場産業」である織物業(養蚕業)から検討を加えられている。さらに、御師団勢力の台頭に伴う近世中後期(宝暦〜天明期ころ)ころからの「講集団」の簇生について、年間一五〇日前後にわたる布教(配札)などから考察されている。
 武州御嶽講が地域社会に導入され成立する過程を歴史民俗学的に分析することで、「講集団」の組織や機能が地域社会のみの結衆集団に集約されるだけでなく、わが国村落社会に結衆性を有した「講集団」の成立と展開過程の中に位置づけることができるとされた。そして、わが国村落共同体の存在形態と発展過程の一端を解明するために「講集団」は重要な意義をもつものであると結ばれている。
 本書は、「研究者でもあり、実践者でもありたい」というスタンスのもと研究を続けてこられた西海氏の三十年間の生き様をも感じることができる一冊となっている。是非、お勧めしたい。



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