天野武著『狩りの民俗』
掲載誌・北国新聞(1999.10.16)


 白山ろくの狩りの民俗 天野武
 先ごろ新著「狩りの民俗」をまとめて発表することができた。疑念を抱き続けていた幾つかの課題解決に一応のめどがついたからである。小著では狩りの特性、獲物の利用の仕方,対象としてきた鳥獣類についての知見などにつき全国的資料を織り交ぜて具体的に取り上げた。七編の論考報告を配し、構成した。
 早速これを民俗学関係の特殊講義用の教科書に使ったところ、学生の反応は極めてよかった。特に考古学専攻のの学生は敏感に興味を持ち、食いついてきたのには驚いた。取り上げた資料が新鮮だったことと伝承と民具を絡ませて取り扱ったことなどの点で好感を持ったからかもしれない。
 狩り関係の資料では、白山麓に伝わるホネダゴジル(骨団子汁)と獲物のテアシ(前股・後肢)の利用法についての二編と、福光町のカガウチと称される猟法とを収めた。いずれもウサギ(野兎)にかかわるものである。
 カガウチとは振り回し用の猟具を使い雪穴に寝ふす野兎をおどし、雪穴に逃げ込んだのを手捕りにする猟法。竿の先端に紐を結び、その端にヤマドリの羽根を取り付けた猟具を用意し、それを振り回すのである。タカ類が天敵であることを熟知していて、それの襲来を偽装したわけである。
 ホネタゴジルば野兎の骨を叩き潰して団子状に丸め、味噌汁の具として食用としたもの。海に臨む村々でよく見かけられたイワシの団子に相当する。山村の人々の食生活を潤したものである。また野兎のテアシは女性たちの化粧刷毛・白粉刷毛用、子どもたちの遊び用、縫い針用などに活用されたことを指摘したのである。最後に挙げた縫い針はモッコバリと呼ばれ、木綿以前における人々の衣生活を実証する資料として大いに関心が持たれるし、興味深いものである。
 ともかくカガウチと同じ趣旨の猟法ないし用具は、全国で他に二例を数えるに過ぎないし、モッコバリは全国唯一の確認例である。いかに注目に値するものであるかが理解できるのではあるまいか。
 今国の狩り関係資料の整理を通じて私自身いくつかの点で新たに気付いたことがあったし、それを機に調査研究面で前進できる系口がつかめたことが収穫であった。二十数年前、白山麓の出作り地を対象とした民俗調査に参加した際気付かなかったことにつき、学びえたことがあった。野兎の骨を叩き潰すための石台やそれに伴う諸習俗、モッコバリをめぐる周辺の民俗、野兎の贈答慣行、など往時の庶民間に培われてきた歴史像ないし民俗像を掘り起こすために有益な手がかりが与えられたように思うのである。機会を重ねて取り組んでみたい。
 白山麓の白峰村で催される「雪だるまウイーク」行事は、すっかり定着したかに解されている。観光客を見込んでの活性化を意図するものであろう。雪だるまにせよ、用意されるウサギ汁にせよ、伝統を重んじて取り組んでいる点に拍手を送りたい。ただし野菜とともに食材となる野兎の肉・ホネダゴ(骨団子)を調達するのが容易ではないらしいのである。背後の山野に生息する野兎がめっきり減ったからである。
 殺生を内容とする『狩りの民俗』をまとめた真意は、伝統的な狩猟が自然と調和を保ちながら営まれてきたこと、猟果を大切にして生活に利用してきたこと、などを理解していただきたかった点にある。現在の生活指針として、くみとれることが少なくないだろう。
詳細へ 注文へ 戻る