原口清著『幕末中央政局の動向』

評者:町田明広
「日本史研究」548(2008.4)


 本書は、日本近代史研究、中でも明治維新史研究を牽引されてきた原口清の画期的な論文著作集で、その記念すべき第一巻である。著者が八〇年代後半から現在に至る間に執筆された幕末中央政治史の論考のうち、主として文久・元治期を対象としたものが所収されている。本書を貫く特有性は、史料に基づく、また先行研究に対する、詳密な実証研究に裏打ちされた体系的・総合的研究を基盤としており、国家意思論によって貫かれた原口史学による「総体的分析・総括的叙述」である。
 「近代天皇制成立の政治的背景」は、国是樹立運動およびその挫折過程の総体的分析を通じて、特に孝明天皇の意思に配慮しつつ、徳川慶喜の動向を主として追うことにより、幕末中央政局の政治過程を総括的に描き出した。著者の幕末史研究における枢軸的なもので、国家意思論が初めて提示された画期的な論文であり、併せて、国是・政令帰一・一会桑といった論点が明確化され、それぞれの研究が深化する契機ともなった。
 「幕末政局の一考察」は、この間の政争を尊王攘夷と公武合体との対立軸に求めず、前者は攘夷に関して攘夷慎重派と即今攘夷派に、後者は大政委任的路線と王政復古的路線に分類し、その結合的側面から総括的に論じている。事象としては薩長両藩の周旋、越前藩・九州諸藩連合等を扱うが、特筆すべきは奉勅攘夷、将軍上洛・進発等を通じた幕閣の対応・人事異動等の詳細な分析による幕府の動向を明確化した点にあろう。
 「文久二、三年の朝廷改革」は、久光率兵上京を契機とする国事御用書記設置・四奸二嬪斥運動を通じた改革派廷臣形成の経緯、およびこの段階での三条実美を始めとする改革派多数の攘夷に対する非急進性を明示した。また、文久国是・朝廷改革(国事参政・寄人設置等)・志士激派活動を総体的に分析し、その連関性を指摘した。なお、寺田屋事件を含め、この時期の志士に倒幕志向は存在していないとする。「文久三年八月一八日政変に関する一考察」は、孝明天皇をその主役と位置づけ、西国鎮撫使を強要される中川宮との関係を機軸に、その心的動態を通じて、該政変を朝廷内から論じる。
 「参預考」は、朝廷・幕府・諸侯間で模索された、元治国是樹立のための大政委任的潮流である再編公武合体体制の表象として、参預会議を初めて総体的に捉えた。京都守護職の限界性を久光任命問題と絡めて、また久光のこの間の周旋を論じ、解体の動因を宸簡草稿問題を契機とする薩摩藩の朝廷支配を忌避する幕府(慶喜)の意向とする。なお、対外方針を類型化し、参預諸侯が横浜鎖港論に譲歩する経緯を明示し、本件動因説を否定した。
 その他、「幕末長州藩政治史研究に関する若干の感想」・「明治維新政治史上の諸問題(一)−井上清説の検討−」・「『遠山茂樹著作集第一巻』解説」を所収する。
 著者はこの間、五〇有余年にわたって明治維新史の研究活動を継続し、原口史学を形成され、後学の研究者は少なからずその影響下にあり、また学恩を受けているとしても過言ではないであろう。その著者の主要論文が一堂に編まれた本著作集の意義は計り知れない。



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