小堀光夫著『菅江真澄と西行伝承』

評者:佐伯和香子
「昔話伝説研究」28(2008.12)


 柳田國男によってその存在を広く世に知られるようになつた菅江真澄であるが、すでにその研究が民俗学、文学、史学といった様々な分野に裾野を拡げてから久しい。特に近年は真澄に関する多くの論考、論集が見られる。そして、本書の著者である小堀光夫氏は、まぎれもなくそのような真澄研究の最前線にいる一人である。
 本書は、長年にわたり口承文芸を研究してきた氏が、菅江真澄の著作を口承文芸の視点から読み解いた研究書である。次に本書の目次を示す。

序論  口承文芸研究と菅江真澄
第一章 西行伝承と真澄の記述方法
 一 『三山雅集』と「真澄遊覧記」
 二 『かすむこまがた』『はしわのわかば』のテキスト
 三 平泉の西行伝承
 四 松島の西行伝承
 五 真澄の記述方法
 松島の西行伝承一覧表
第二章 西行伝承と真澄の旅
 一 菅江真澄の旅T−遊歴する文人−
 二 菅江真澄の旅U−遊歴する路上観察者−
 三 菅江真澄の旅V−文献から探訪へ、探訪から文献へ−
四 西行文化サークルと真澄の旅
第三章 箟岳の西行伝承
 一 東北地方の「西行戻し」
二 箟岳の西行伝承
 三 西行石と六部殺しの話
 四 「箟峯寺風土記御用書出」の西行伝承
 五 箟峯寺の一山組織と西行伝承
 六 箟岳の西行伝承の変容
第四章 伝説研究と菅江真澄
 一 『山島民譚集(一)』について
 二 『山島民譚集(一)』と引用資料
 三 伝説研究と「真澄遊覧記」
 四 『山島民譚集(一)』と「真澄遊覧記」
 五 伝説研究と博物学
 『山島民譚集(一)』引用資料一覧
第五章 菅江真澄と奇談
 一 菅江真澄と民間説話
 二 山姥の伝承
 三 狒々の伝承
 四 山人の伝承
 五 奇談と博物学
資料 菅江真澄の記した西行伝承
あとがき
初出一覧

 以上のように、本書は五部構成をとる。前半の第一章から第三章までは真澄が記した、あるいは記さなかった西行伝承について論じている。
 まず、第一章「西行伝承と真澄の記述方法」では、真澄の旅日記「かすむこまがた」「はしわのわかば」における、平泉および松島の西行伝承を考察する。ここでは西行に関する真澄の記述を、歌集や説話集、地誌、名所記といった文献資料と比較する方法によって、真澄が平泉および松島の西行伝承の多くをこれらの文献資料から引用していたことを明らかにしている。
 つづく第二章「西行伝承と真澄の旅」で、氏は真澄の旅を支えたものとして「西行文化サークルに集う人々のネットワーク」があったと指摘する。氏によれば、「西行文化サークル」とは「各地の西行庵、また西行伝説や西行和歌の舞台などに集う人々を意味」する。真澄にとって、また真澄の旅にとって西行の存在は重要であった。それは、特に初期の旅日記に顕著な西行和歌の引用、あるいは西行伝承への言及によっても明らかである。これらの記事を、単なる「西行和歌文学の追体験といった理由では収まりきれない」として、真澄の旅が西行を崇敬する文人たちのネットワークを頼ったものであったとする氏の論は魅力的である。真澄の旅と「西行文化」との関わりは、近世の旅のあり方を考える上でも重要な問題であろう。
 そして第三章「箟岳の西行伝承」では、宮城県遠田郡涌谷町箟岳に伝わる「西行戻し」伝承をとりあげる。真澄が記さなかった伝承である。氏はこの箟岳の「西行戻し」伝承が、近世から現代にかけて変質していくさまを丹念に検証する。伝承を箟峯寺一山の結界の表象として位置づけ、それに付随する歌に禰宜と衆徒の確執を読み取る論は興味深い。
 第四章「伝説研究と菅江真澄」では、主に柳田國男の伝説研究と「真澄遊覧記」との関わりを論じる。柳田は『山島民譚集(一)』で「真澄遊覧記」から多くの資料を引用した。氏は「真澄遊覧記」の記事と『山島民譚集(一)』を比較し、古層の神への関心という両者の共通点を指摘する。また、真澄は本草学の素養を持ち、それを旅の糧としていたと考えられているが、柳田も本草学的素養を持つ世代であり、こうした博物学的な視点が両者を結び付けていると論じる。
 このような博物学的視点の問題は、第五章「菅江真澄と奇談」に引き継がれる。氏は、「雪の出羽路平鹿郡」「月の出羽路仙北郡」に見える「奇談」なる項目に着日し、このような項目設定の意図、そして山姥、山人といった「あやしのもの」の伝承を真澄がどのように見つめたかを丁寧に読み解いてゆく。民間説話に寄せる真澄の関心の方向性を検証する論考となっている。

 「真澄遊覧記」と西行伝承という二つのテーマは、氏が長年取り組んできたものである。「あとがき」によれば、氏が真澄に出会ったのは昭和六十年、國學院大學民俗文学研究会の探訪の折だったという。それから二十年。各地を精力的に歩いてきた氏の研究が、ここにまとめられた。真澄研究を志す者にも、西行伝承の研究を志す者にも、一読を薦めたい研究書である。



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