江戸東京近郊地域史研究会編『地域史・江戸東京』

評者:熊井 保
「交通史研究」68(2009.4)


 吉田政博氏の編集後記によれば、一九九〇(平成二)年四月に開始され一九九九年の通史編下巻刊行まで継続した板橋区史編纂事業に関わった研究者が研究報告会を計画し、区史編纂事業完結後には板橋区に近接した練馬区・豊島区・新宿区などの博物館、文化財保護に関わる学芸員などが研究会を合計一〇〇回継続して開催したという。一九九四年の「江戸四宿」展、一九九六年の「千川上水」展なども同会の研究活動の中から開催されたものであった。
 本書の刊行にあたり、本会会員でもある中野達哉氏は次のように述べている。江戸・東京の研究は「江戸・東京を中心とし、付随的な位置に近郊地域を考える傾向がみられた」とし、「都市江戸・東京とその近郊地域を一体として捉えることが必要であり」、本書は「都市江戸・東京を含めた江戸・束京近郊の地域像を描くことを目的」としたものであるとしている。以下目次をみてみよう。

 第一編 中近世の信仰と社会
江戸近郊における熊野信仰の一事例              野尻かおる
 −荒川区南千住の応永二十八年「鏡圓禅門」銘宝篋印塔残欠の考察−
中世牛込の寺院と領主                      赤澤 春彦
  −牛頭山千住院行元寺と牛込流江戸氏・大胡系牛込氏−
武州葛飾郡小梅村三囲稲荷の経営と越後屋三井家     斉藤 照徳
近世板橋地域の富士講と富士信仰の受容           吉田 政博
  −永田講と山万講を中心に−

 第二編 近世社会の諸相
江戸の大名屋敷と捨子                      中野 達哉
祭礼番附と江戸地本問屋森屋治兵衛              亀川 泰照
嘉永期における村内寺社の「除地高」認定           保垣 孝幸
  −武州豊島郡上練馬村を題材に−

 第三編 近代の物流と交通
幕末維新期における中川番所の機能と「国産改所」計画   小泉 雅弘
鉄道施設計画からみた旧北豊島郡域の地域像        伊藤 暢直
武蔵野鉄道・旧西武鉄道の沿線開発と地域社会       奥原 哲志
  −沿線案内図からの検討−

 どの論考も魅力的なものであり、交通史研究会の会員には第三編「近代の物流と交通」が特にお薦めである。例えば小泉論文は小名木川の中川口北側に設置された川船改めの番所である中川番所について検討したものである。中川番所は物資流通の掌握、又は軍事・警察的性格を持つものであるが、幕末維新期に関所としての実質的機能を失っていく実態の解明、また幕府は慶応三年に中川番所を「国産会所」へ移行させる方針を示すという。国立公文書館所蔵「多聞櫓文書」などによって詳細に検討している論文である。



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