大久保俊昭著『戦国期今川氏の領域と支配』

評者:遠藤 英弥
「地方史研究」337(2009.2)


 本書は、大久保俊昭氏が一九七九年から発表した論考十八編より構成されており、氏自身初の論文集である。氏は『福生市史』『下妻市史』等の執筆にも携わっているが、「あとがき」で触れているとおり、氏の主要研究対象としているのは駿河・遠江・三河の戦国大名今川氏である。十八編の論稿についてはつぎの通りである。

第一部 今川領国をめぐる政治状況
 第一章 義元政権の成立と初期政策
 第二章 「河東一乱」をめぐって
第二部 今川領国における国人・土豪層の動向と存在形態
 第一章 井出氏の場合
 第二章 井伊氏の場合
 第三章 三河国の在地動向
 第四章 伊奈本多氏の場合
 第五章 西郷氏の場合
 第六章 国人・土豪層の相続について
第三部 今川氏と宗教
 第一章 本宮の風祭神事
 第二章 新宮の流鏑馬神事
 第三章 寺院の自治機能をめぐって
 第四章 寺領・住持職等の継承をめぐって
 第五章 「旦過堂」について
第四部 今川文書の研究
 第一章 今川氏の「禁制」(一)
 第二章 今川氏の「禁制」(二)
小論一 今川氏と在地勢力五社別当大納言
小論二 今川氏と上杉氏の関東侵攻
小論三 一宮出羽守について

 第一部では、義元の家督相続をめぐって起きた「花蔵の乱」、初期の領国政策の考察をしている。その中でも重点を置いているのが外交政策であり、政策の転換によって起きた後北条氏との合戦「河東一乱」は今川領国と後北条領国の「境目」に当たり三度に渡り合戦が行なわれたが、この合戦の定義付けをされた。
 第二部では、今川領国下の国人・土豪層に視点を向け、考察対象の国人・土豪層の様態について述べている。「国人・土豪層の相続」についてでは、氏親〜氏真期を検討し、相続を保証する代償として、今川氏に対する奉公を要求するように変質していくと指摘する。
 第三部では、今川氏の宗教政策として、本宮(富士宮市大宮浅間神社)と新宮(静岡浅間神社)に対する神事への関与を考察している。「寺院の自治機能をめぐって」では寺院の有する様々な機能を最大限保護しつつ、統制策をおこなったとする。
 第四部では、禁制を取り上げ、禁制発給の手続きを考察し、今川氏は受給者側の要求に答える形で「禁制」を発給したとし、禁制文言の検討により今川氏の禁制はある程度形式化されていたとする。
 全体についての紹介は右のとおりであるが、第一部第二章の「河東一乱」および第三部第一章・第二章の今川氏の宗教政策については、氏の論稿を契機として以後これらに関する研究が発展したと言えるものであり、特筆すべきものがある。また、現在では入手しにくい『駿河の今川氏』(一九八〇年代に今川氏研究会から第一集から第十集にわたり刊行された。)に収録された論文も含まれており、今川氏研究者のみならず、一読をおすすめしたい。




詳細 注文へ 戻る