国文学研究資料館アーカイブズ研究系編
    『藩政アーカイブズの研究−近世における文書管理と保存−』

評者:北村 厚介
「地方史研究」337(2009.2)

 
 本書は、国文学研究資料館アーカイブズ研究系における「地域支配と文書管理」を共通テーマとした共同研究会を契機として生まれたものである。諸藩の文書記録管理システムについての具体的な検討を課題として、松代藩、萩藩、対馬藩、熊本藩、鹿児島藩の文書管理史に関する論文六本と、研究史整理に関する論文二本が収録されている。以下、各論文の概要を述べる。

 高橋実「藩政文書管理史研究の現状と収録論文の概要」は、序章として藩政文書管理史の研究史整理を行い、収録論文の概要説明を行っている。
 原田和彦「松代藩における文書の管理と伝来」は、国文学研究資料館と真田宝物館に分割所蔵されている真田家文書群の伝来経緯について、近世近代の文書整理から検討するものである。真田家文書は、近世において管理されていた徴古史料としての「吉文書」と、近代の文書整理に際して分割された藩庁文書としての真田家文書という性格の異なった二つの文書群であるとしている。
 山崎一郎「萩藩における文書管理と記録作成」は、山崎の萩藩文書管理研究に関する一連の成果の中間的総括であり、萩藩各役所の文書管理を踏まえた上で藩全体としての文書管理の特徴を把握しようとするものである。役所ごとの相違、時期的変化、役人の文書保管認識を丹念に追うことで、文書主義や先例重視に収斂されない藩政文書伝来の把握を試みている。
 東昇「対馬藩の文書管理の変遷−御内書・老中奉書を中心に−」は、対馬藩文書管理について、享保期から明治期までの長持管理の変遷を、特に御内書・老中奉書から検討するものである。藩政・財政の幕府依存体制への転換など、藩という組織の活動と文書のライフサイクルの変化に応じて、文書管理体制も変化することを明らかにしている。
 吉村豊雄「近世地方行政における藩庁部局の稟議制と農村社会−熊本藩民政・地方行政担当部局の行政処理と文書管理−」は、藩庁部局帳簿「覚帳」の系統的分析を行い、熊本藩の民政・地方行政における行政処理の特質について検討するものである。熊本藩では、農村社会からの上申文書を藩庁部局の稟議制の起案書と位置づけて政策形成を行っており、この上申文書の起案文書化と、農村社会の文書量増加や藩庁文書管理の変化とが対応することを明らかにした。
 高橋実「熊本藩の文書管理の特質」は、近世中後期から幕末期にかけての熊本藩の文書記録管理システムを検討し、その特質を明らかにするものである。高橋が散見する史料を丹念に検証した結果、熊本藩には、文書記録のライフサイクルという考え方、専管部局の設置、各部局からの移管システム、文書記録の長期・永年保存システムといった一定水準の文書記録の管理・保管システムが存在したことが明らかにされた。
 林匡「鹿児島藩記録所と文書管理−文書集積・保管・整理・編纂と支配−」は、薩摩藩における文書保管機能の中心的役割を担った記録所の成立過程と、その職務内容について検討するものである。記録所への文書保管体制の成立時期を一七世紀後半から一八世紀初頭であると指摘し、享保期以降には専任制度が置かれたことを明らかにしている。
 冨善一敏「村方文書管理史研究の現状と課題」は、村方文書管理史研究の研究史整理を行ったものである。冨善は研究史を二つの流れに整理した上で、今後の課題として、近世村方文書作成過程の研究が少ないなど四点をあげている。

 本書は、藩政アーカイブズの管理保存研究を対象とした初めての論文集である。これまで、村方・町方を中心に展開してきた文書管理史研究において、藩政文書管理史は研究の進展が期待されていた分野であり、本書の有する意義は大きい。今後、文書管理史を研究する者にとって、また、藩政史、ひいては幕藩制史を研究する者にとっての必読の書といえよう。




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