小林茂文著『天皇制創出期のイデオロギー−女帝物語論−』
評者:西野悠紀子
「古代文化」59-4(2008.3)

 この書は古代代天皇制研究を続けてこられた小林茂文氏の,『周縁の古代史−王権と性・子ども・境界』につぐ論文集であり、その三分の二までが書き下ろしからなっている。本書は次の様に,全体の方法論に関わる序章とU部からなる本論で構成されている。

 序章 歴史叙述と事実の審判−物語論による歴史の実践*(*は新稿)
 第T部 第1章 郊外の誕生と王権祭祀−宮の大王,京の天皇
     第2章 吉野行幸と大地の記憶−行幸による王権支配
     第3章 天と日と地の相克−天皇制神話物語の成立*
 第U部 第1章 持統天皇称制物語−女帝をめぐる言説
      補論 文武天皇即位事情*
     第2章 遺詔と皇嗣決定−七世紀の天皇*
     第3章 宣命にみる即位イデオロギーの変容−八世紀前半の天皇制*
     第4章 孝謙太上天皇の権力*
     第5章 道鏡即位物語と天皇制の変容−正義は我にあり*

 序章において氏は,現存する史料とそれを扱う研究者自身のもつ二重のイデオロギー的偏差をいかに認識し,歴史の真実に近づくかという問題提起を行う。それを受けた本論では古代天皇制支配のイデオロギーを論じているが,そのキーワードがこの書の副題ともなっている<「物語」論としての歴史>である。

 第T部は持統天皇を中心に律令天皇制創出期を問題としている。第1章では都城(藤原京)の成立によって王権儀礼の場が宮内外から吉野と宮内の二方向へと移動し,また民衆の眼前に存在していた大王が,民衆が見ることが不可能な天皇へと変化することを指摘。続く第2章ではその吉野への持統天皇の行幸目的を論じ,吉野が度重なる行幸によって王権発祥の地・支配の正統性を保障する地として神話化され人々の意識に刷り込まれたとする。これに対して第3章は,天皇制イデオロギーを支える記紀神話が『古事記』『日本書紀』『万葉集』『宣命』のそれぞれのなかでどう叙述されているかを,『構築主義』の立場から天と日と地をキーワードに分析したものである。

 第U部は一転して,持統天皇以後の女帝論である。まず第1章では持続はいつ称制したかを論じている。独自権力を持たない持続は,天武の殯儀礼中『生きて扱われる』天武を代行し,彼女を支持する官人層の形成を図った上で,殯儀礼終了後称制したとする。続く第2章では天皇の遺詔を.第3章以下では主に八世紀女帝の宣命を通して,『日嗣』思想を手がかりに天皇(中でも女帝)即位の正統性が何に求められ,どう変化するかを論じている。これらの論においては,本来男帝のみが当初から組み込まれ女帝は即位して初めて組み込まれる『日嗣の系譜』思想や,女帝の役割を天皇『家』の尊長としての天皇の後見と見る著者独自の女帝理解,さらに言葉として発せられた宣命が現実を作る(逆ではない)などの天皇制理解が前提になっている。また特に第U部の場合,諸所で強調される史料を作られた物語として読むという物語論の立場と『通常の』歴史叙述の間の差が,私達読者に理解しにくい場合がまま見られ,この書を難解なものとしている事もいなめない。

 史料のイデオロギー性,研究者のもつ時代的な限界性,歴史研究と歴史叙述を行う際これらをどう克服し,より真実に近づけるか,これは小林氏に限らず歴史を学ぶもの全ての課題である。この書はそうした問いに対する回答の一つであろう。

(女性史総合研究会代表)



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