天野武著『狩りの民俗』
評者・今村充夫 掲載誌・加能民俗研究31(2000.3.1)


 はじめに
畏友天野武氏がこのたび岩田書院から『狩りの民俗』を刊行された。これまで、「加能民俗研究」「西郊民俗」「日本民俗学」等の学会誌にかならずといってよいほど兎の狩猟の論文が発表されていた。その後の多くの調査や考察を経てこの名著が刊行されたのであり、われわれにとって、大きな便益となる。
 一
 この著書を概観するため章立てを列挙する。
(目次省略)
 二
 次に各章の主要な点を指摘する。
 第一章−カルとオチモンは野兎の異名である。群馬県水上町の二か所でカル・カりを用いる。「今日はカリに行く」と答える場合は野兎の狩りと暗黙裡に了解され、カリ・カルは野兎の異名となる。
また、野兎の異名にオチモンが新潟県六日町にある。オチモンとは落とし物の意という。
野兎だけでなく、ヤマドリの屍にも使用する語である。猟者は永い体験の間にオチモンに遭うことがあり、天敵がタカ・テン・キツネなどと察知し、食用になる物は拾ってきた。
 第二章−威嚇猟法について、ものを振り回して野兎を生け捕る方法を全国で十二事例を挙げてある。従来発表されていた猟法は弓矢・猟銃、物を投げ飛ばす方法であったが、著者はものを振り回す猟法、つまり棒切れの先端から糸をのばした端に音の立ちやすいものを取り付け、振り回して唸り音を立てたり、あるいは長目の木の棒切れ、竹の棒切れの類を回したり振りおろすなどして音を立てたりする手段の猟法を新たに取り挙げ強調している。
 第三章−野生動物四肢跡をトと称する事例を多く挙げてある。また、トを含む熟語用例も多い。ここでは例示を省くことにする。なおトの分布は東日本にあり、白山麓では確認されていないことを著者は付記している。
 第四章−兎の民俗のほか、兎の異名についての章である。群馬県上野村明ケ沢で、ナガッチョロという異名はナガだけでも兎の異名で、それにチョロがついた形である。チョロは、「チョロチョロ出歩く」ところからの名称と確認する。また、ツヤメッコは、新潟県糸魚川市大所て生まれて間もない仔野兎と解し、それも、月夜の晩に飼育箱から姿をくらます仔野兎、という。語義の上からは、ツヤはツユ(梅雨)、メッコは盲目、女っ子などの意味があり、ツユメッコが訛してツヤメッコになったのではないかと考察している。
 もう一語オソイモン(京都府美山町)の異名の発見がある。オソエモン(お添えもの)の転訛で、オオモノ(熊・猪・鹿)と事変わり換金性の低い所からの猟者間の用語のようだ。
 第五章−新潟県上川村室谷に、腑分け前の熊に男児を跨がらせる、子育ての民俗がある。その意義は熊を征服するための丈夫さ、度胸よさを希望したものとし、生育儀礼と考える。また、新潟県下田村で吉ケ平で女達がクマを跨ぐという民俗がある。女性でも既婚者と出産が見込まれる者に限っていた。つまり、安産にあやかりたいということて、男児の場合とは意義が異なっている。珍しい民俗である。
 第六章−再び兎につき、食料として肉を取り除いたあと、骨をどうしたのか、その利用は鳥類と変わらず、石の上でたたきつぶし、団子にまるめ、味噌汁の具としている。これをホネダゴという。ホネカチの場所は屋内のニワ(土間)に石台を置き、刃物のヨキの頭で叩く。あるいは自然石て叩く伝えもある。アラツブシを二回に分け、時間をかけて叩く。この作業にはカヤシベラが補助具とされた。サトウツギか竹製である。アラツブシについては詳述されている。二回に分けた作業の後、一緒にした上で仕上げをする。肉団子に混ぜるものは大豆で、その粒をヨキの頭て潰した。ホネタタキは男の役だった。骨団子を生臭皿に盛った後、主婦が受け取り生臭鍋て味噌汁にする。ここでは石川県新丸村小原村(現、小松市小原町、昭和三十四年廃村)の例が挙げられている。季節は積雪期である。
 第七章−ウサギノテ(前肢)、ウサギノアシ(後肢)を、関節からはずして道具として用いたのは、白山麓小原の事例てある。まずダイドコロ(居間)のワタボコリを取り除く、掃き取り用である。ここにはジロ(地炉)があり、家族の団欒の場であるから塵や埃が立つ。また、ジロブチに灰が付くことがある。ワタボコリといったのはそうした塵埃をいう。掃き取るのに重宝だった。また、テ、アシの筋を引っ張ると爪が動くといい、オモチヤ用にした。筋は二本あり、一本を引くと爪が起き、もう一本を引くと指が開き、戻すと指が閉じるという。女達の化粧刷毛としても用いられた。ふさふさと毛で蔽われている足裏を利用した。
 兎の後肢で縫い針を作っている。モッコバリと称している。その製法や利用についても詳説されている。
 おわりに
以上、狩猟につき永年にわたり調査された著述の大概を見た。猟に関する用語・民俗の新しい発表が随所に見られる。猟法の技術も精細である。猟法が動物の習性に基づいていることが肯かれる。兎の利用に、食用・民具・呪術に利用されている民俗が具体的に解説され論じられている。狩猟分野の民俗研究に大きく貢献したものである。
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