大島暁雄著『無形民俗文化財の保護−無形文化遺産保護集約にむけて−』
評者:西海賢二
「地方史研究」336(2008.12)

 平成十六年六月九日に一部改正された文化財保護法は翌十七年四月一日から施行された。この一部改正によって「民俗文化財」において「民俗技術」という新たな分野が付加されるとともに登録有形民俗文化財の制度が導入された。これによって「民俗文化財」は風俗習慣、民俗芸能、民俗技術の三分野となり、いわゆる登録制度が導入されたことにより指定、選択、登録という手法によって「民俗文化財」の保護が図られることとなった。
 昭和五十年の文化財保護行政の大改正によって、ようやくにして「民俗資料」から「民俗文化財」となったように、他の文化財とくらべ著しく価値が低く見られてきたのが多少の進展があったとみる見解が「民俗文化財」の保護に従事してきた、とくに現場の人の立場であろうか。しかし、その後の文化財保護行政において三十年近く、やはり「民俗文化財」は他の文化財とくらべて行政の取り組みが立ち遅れてきたことは歴然としている。

 本書は昭和五十年の文化財保護行政の大改革から約四半世紀近く「民俗文化財」の保護行政を担ってきた文化庁伝統文化課文化財調査官としての大島氏のこの間の取り組みを定年に際してまとめられた論文集(評論集)である。
 大島氏は、文化庁伝統文化課文化財調査官として長年「民俗文化財」の保護行政を担当してきた方である。大島氏の民俗文化財と保護行政の基本はまず「保護」とは「国民の文化向上に資すること」「世界文化の進歩に貢献すること」目的、文化財を「保存」し「活用」する。その目的を達成するために指定して、価値を周知させ、保存のための規制と各種の助成を行なうのが文化財保護行政の要点である。それを確認したうえで昭和五十年の文化財保護法の大改正での無形民俗文化財の指定制度というものを考えることを明言している。
 それに続けて改正前は、無形民俗資料は指定ではなく、選択して記録保存していた。
「そのままの形で保存するということは、自然的に発生し、消滅していく民俗資料の性格に反し、意味のないことである」というこれまでの古い柳田國男流の解釈が反映されてきたという。それが改正によって、無形民俗文化財と指定制度が新設された。このときに無形民俗文化財に、無形文化財から峻別された民俗芸能を含むようになった。
 周知のように民俗芸能や風俗習慣には、その一部に「特定の型」が存在し、特定の伝播集団による永続的保存が可能で指定がはじまった。それでも伝承者や伝播者は必然的に世代交代をするなど、伝承者集団をふくめて変化し続けている。無形民俗文化財の「すべての価値の固定と継承」を存続させることは困難であるという矛盾も内包している。そのために様々な記録保存が今日も重要で、一定年ごとの作成が必要であることを主張している。そして民俗文化財保護の基本理念にふれ、民俗文化財そのものではなく伝承する地域の人々の意識をも継続しようとする保護が大事であることも指摘している(大島暁雄「民俗文化財の基本理念」『民俗文化財 保護行政の現場から』岩田書院、二〇〇七年)。

 この基本姿勢のもと編まれたのが本書であり、「時あたかも世界的に無形文化遺産の保護の気運が高まり、無形文化遺産保護条約も発効してその具体化のための検討が進んでいる。しかし、この問題は政治的思惑も窺うことができるのであって、その功罪が両面からの検討が必要とされなければならないだろう。(中略)無形民俗文化財の保護を一層進めるためには、無形文化遺産保護条約の締結は格好の機会であるのである。この得がたい機会に、わが国の経験をより確実なものとして発信するためには、研究者と行政担当者の一層の協力による検討が必要であるとともに、国内的には、所与のものとしてこれまで検討の場に上ることの少なかった、現行の文化財保護行政が内包する問題等の再検討を通して、新たな地平の開拓に向う積極的な姿勢が必要とされるだろう。本書はそれに向けての話題を提供するささやかな試みの一つである」(「はじめに」)という。
 以下に主要目次を掲げる。

 はじめに
第一章 民俗文化財保護の歩み
 第一節 民俗文化財の保護制度とその変遷
 第二節 無形民俗文化財保護の理念
 第三節 「民俗技術」の創設
第二章 新たな保護にむけて−無形文化遺産保護条約−
 第一節 わが国の無形民俗文化財保護の特色と課題
      −特に、風俗習慣分野を中心に−
 第二節 無形文化遺産保護条約の検討にむけて
 第三節 無形民俗文化財をめぐる諸問題
      −特に民俗芸能の保護をめぐって−
 第四節 無形文化財と無形民俗文化財
      −その統一的把握をめぐって−
第三章 民俗文化財保護の普及への試み
 第一節 民俗文化財保護の現在
 第二節 映像記録の作成をめぐって
 第三節 民俗技術の誕生
 第四節 民俗技術としての上総掘り
付録 参考資料(関係法令等)
 文化財保護法(抄録)
 重要無形文化財の指定及び保持者の認定の基準
 民俗文化財指定・登録・選択基準
 無形文化遺産の保護に関する条約
あとがき



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