天野武著『野兎の民俗誌』
評者・大舘勝治 掲載誌・儀礼文化ニュース115(2000.9.15)


 先の『狩りの民俗』(岩田書院)に続き上梓され本書は、岐阜県飛騨地方を中心に、その周辺地域に伝承される野兎に関する記録を集成し、考察を加えられた内容豊かな高著である。従来の狩猟民俗の研究が大型獣の熊やかもしかなどを対象としてきたのに対し、氏はほとんど手がつけられていなかった兎に着目し、長年かけて調査・研究されてきた。特に本書は、飛騨地のものの集大成である。
 野兎に関する膨大な収集資料の中から、飛騨地方とその周辺地域の資料に限定された背景には飛騨地方の「野兎の民俗誌」の構築にねらいがあった。単に野兎の狩猟技術伝承といった個別の民俗に主眼をおいたものではなく、総体としての野兎の民俗を明らかにしようとしたものである。したがって、野兎をとおしてそこに住む人たちの生活の民俗が説得力をもって浮きぼりにされている。
 本書の構成は、第一章で「飛騨地方における野兎の民俗誌」と題して、三十二地区で確認した野兎関係資料を個別に分け、記述されている。資料的価値が重視されているため、今後この分野の研究に裨益するところ大なるものがある。
 第二章は、「飛騨周辺地域における野兎の民俗誌」の名目で、関係地域の資料を個別に記述する。第一章同様資料的価値が重視され、飛騨地方の野兎関係資料を浮き彫にするための効果をはたしている。
 第三章では、「民俗誌資料に対する若干の考祭」と題して、(一)野兎の異名、(二)野兎の特殊名、(三)野兎に関わる地名、(四)野兎狩り―とくに威嚇猟を中心に―、(五)猟果の利用、(六)野兎除け、(七)俗信その他の七項目に焦点を当てて、飛騨地方の野兎関係資料を対象とした分析が行われでいる。
 著者は調査によっで得られた資料は忠実に記録にとどめておきたいと言う。そうするのは「かく努めることこそ、惜しみなく諸資料を教示いただいた古老に報いる研究者としての良心である」からだと力説する。
 今、著者が言うように野兎が滅少し、本書に記述されているような人との長い関係も失われつつある。恐らくこのような膨大な資料を駆使した野兎に関する著作は、これからは困難であろう。是非一読し書架に備えておくことをおすすめしたい。
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