8人の学芸員著『博物館の仕事』
評者:吉崎 雅規
「関東近世史研究」65(2008.10)

 はじめに

 表紙に「8人の学芸員著」と印刷されている。気になるクレジットである。むろん、本文では各学芸員が記名で執筆しているし、奥付には八人全員の名前が記されている。なぜ「8人の学芸員」なのか。何かしら奥ゆかしい印象すら感じさせるこの著者名表示を見ているうちに、実はこれが学芸員の仕事における立場を期せずあらわしているのではないか、ということに気づいた。
 展覧会図録や資料集など博物館が発行する刊行物に、担当した学芸員の名前は凡例なる見出しのついたページに、おおむね9ポイント以下の活字で小さく記されるだけである。学芸員とは個人としては目立たない、自己主張をしない(あるいはしてはいけない)存在なのだろう。そのためか多くの人は展覧会を見るときに、そこに明確な個性のある企画者の姿を想像することは少ないようだ。
 ところがこの本を読むと、博物館とは熱意と個性ある学芸員によって成り立っているという至極当たり前のことにあらためて気づかされる。言ってみれば縁の下の力持ちなのだ。この力持ちは多くの博物館では数人しかおらず、館によってはひとりで予算が削減されつつある厳しい時代の博物館を支えている。しかし、そのことに起因する苦労と喜びがこの本には濃厚に語られているのだ。

 1 内容の概要

 本書は神奈川県博物館協会編『学芸員の仕事』(二〇〇五年、以下前著とする)との題名で本書と同じ岩田書院から出版された書籍の続編である。前著は同協会の創立五十周年事業として企画され、県内の博物館学芸員五〇人が、それぞれひとり数ページを担当して博物館の仕事(調査研究、資料収集、資料保存、特別展の企画、ボランティア活動、広報、博物館実習など)を具体的に紹介、全体として多岐にわたる博物館(学芸員)の仕事を概観できるという本だった。好評を博して版を重ねていると聞いている。
 本書は、前著のワーキンググループだった学芸員が主に執筆している。「はじめに」によると、本書の執筆陣は前著では原稿を書いていなかったのだが、自分たちの仕事や活動に引き付け日常の仕事のなかで考えていることを発信していく必要があるのではないか、という声があがり本書の誕生につながったという。そして、前著と同様、「教科書に書かれているようなあるべき姿ではなく、現場にいる学芸員が何を考え、どのように日々の仕事を進めているのか、その実際を記すこと」を重要な留意点として、本書をつくっていったと述べている。
 博物館の現場からの報告と言えば、湯本豪一編『美術館・博物館は「いま」−現場からの報告24篇』(日外アソシエーツ、一九九四年)、同編『続美術館・博物館は「いま」−機構・運営の理想と現実』(同、一九九六年)を思い起こす読者もいるかもしれない。川崎市市民ミュージアムの学芸員が中心となったこの本は、正編では、作品の収集、資料の保存、展示、調査研究、続編では博物館の建物づくりや、設立準備、職員の採用と配置など、博物館のあらゆる活動分野について学芸員が現場から報告した興味深い本だった。では、本書はどのような点がこれら「現場からの報告」という系譜の著作物あるいは前著と異なっているのか。

 本書は各執筆者あたり四百字詰め原稿用紙換算で四〇〜五〇枚ほどの分量(本書の版型では二〇頁弱)で、みずからが関わった具体的な博物館活動について「何に留意したのか」「どんなことを考えたのか」という、学芸員が手のうちを明かすような報告八篇からなっている。従来のこの種の本は、前著もそうだったが博物館の仕事が概観できるトピック(たとえば資料保存についてなど)をまずピックアップし、各トピックごとに解説をおこない、トピックの理解のために自らの具体的体験を挙げるというスタイルが主だったように思う。つまり博物館の一般的理解のために具体例を引くという書き方だったのだ。しかし、本書では以下の目次を見てもらえばわかるように、むしろ「具体例」が主役となっている。各博物館の紀要や博物館だよりに掲載されるような、その館独自の具体的、個別的な活動を報告するという色合いが強いのだ。そのため、各執筆者はテーマを解説するという約束事に縛られず、みずからがおこなつた博物館活動について自由に多角的にそして主観的に(これは重要な要素だ)語ることができる、という利点を得た。さらに、一般の読者向けの書籍で、一人あたりにある程度の紙幅が確保されていることから、自館の刊行物に展示報告を書くときのような一種の窮屈さからも解放されているように思える。
 このスタイルによって読者は、ひとつの博物館のひとつの具体的な企画の意図を臨場感を持って理解できるようになったし、またひとつの博物館活動が、博物館のほかの様々な活動と深く関わりを持っているということを知ることが可能となった。たとえば、澤村泰彦氏の報告をとってみても、ひとつの特別展が、調査研究、フィールドワーク、市民との協働など多くの博物館の活動領域と関連していることが具体的に理解されるだろう。
 その反面、執筆陣八人でそれぞれ一つのプロジェクトに焦点をしぼって書いているため、一冊で博物館(学芸員)の仕事内容がおおよそ概観できる、という前著にあった便利なガイドブック的要素はない。前著の続編なのだが、内容から考えると別のスタンスの本とも言える。
 各報告の著者とタイトルは以下の通りである。

T 学芸員の仕事
  植田育男「江の島に見る身近な自然−江の島の海岸の生き物事情−」
  國見徹「博物館資料としての考古資料」
  石鍋由美子「特別展『今に伝えるつむぎの魅力』を開催して」
U 地域とのかかわり
  加藤隆志「地域博物館における市民による調査の実際
        −民俗講座『道祖神を調べる会』の活動から−」
  澤村泰彦「特別展『里に降りた星たち』と『星まつりを調べる会』」
  望月一樹「地域博物館とは何だろう−博物館における展示の視点から−」
V 現代社会と博物館
  湯浅浩「天守閣という名の資料館」
  西川武臣「指定管理者制度の導入と横浜開港資料館」

 「T 学芸員の仕事」では、動物の調査、考古資料の整理、特別展の開催について、それぞれ現場の学芸員がその具体的な仕事内容のみならず、工夫や苦労、考えたことなどが述べられる。植田育男氏の報告は江の島に生息する海岸動物の調査(フィールドワーク)の実際について述べたもの。國見徹氏は考古資料の整理調査において実践・試行してきた内容を具体的に報告している。このような職人芸的な知見・工夫が公開されて共有されることは意義のあることと思われる。石鍋由美子氏の報告については後述する。
 「U 地域とのかかわり」では、地域博物館に勤務する筆者が、地域市民との協働調査活動について述べる二篇と、「地域博物館」について先行研究にも触れながら論及する望月一樹氏の報告からなる。加藤隆志氏は相模原市立博物館で開催したフィールドワークを中心とした民俗講座について触れ、市民がかかわる調査の実際と留意点について提示する。澤村氏の報告については後述。望月氏は報告のなかで、自治体領域と本来生活している人々によって形成される社会的な地域のずれについて指摘し、地域博物館は自治体領域だけにとらわれずに活動することが重要と論じている。他館と連携して開催した展覧会の実際についての報告も興味深い。
 「V 現代社会と博物館」は、特殊な立地条件の博物館が社会で果す役割を論じた湯浅浩氏の報告と、指定管理者制度の選定経過を報告し問題点を指摘する西川武臣氏の報告という二篇からなる。湯浅氏は小田原城天守閣に勤務する学芸員だが、観光施設でエレベータのない高層建築という条件のなか、どのように資料館としても活動していくのか、という独特の苦労が述べられる。西川氏は二〇〇五年に指定管理者制度が適用されることになった財団法人横浜市ふるさと歴史財団の学芸員であるが、指定管理者の審査を担当したという経験から、指定管理者制度の選定経過とその問題点について報告をおこなっている。指定管理者制度については新聞・雑誌等でさまざまな議論がおこなわれているが、実際に制度が適用された館で働く学芸員が現場から感じた問題提起という点で貴重である。
 以下、本文から書評者の関心に引き付けて興味深いところを拾いあげていく。紙幅の関係もあり八人全員の報告を詳細に取り上げることが出来なかったが、読者のご海容を乞いたい。

 2 特別展

 博物館の仕事のなかで、特別展は外部へのアピール・集客力などの点でやはり花形の事業と言っていいだろう。しかし、この特別展がどのように形づくられているのか、ということについて、一般の人が知る機会は少ない。それどころか、博物館に勤務していても他館ではどのように特別展を実施しているのか、ということは見えにくい。
 古田亮氏は「展覧会を振り返るという作業は、今日の美術館、博物館業務では、ほとんど重視されていない。(中略)次回に活かすべき反省は、個々の担当者の胸の中にしまわれているのが現状である」(「『日本美術院創立一〇〇周年記念特別展 近代日本美術の軌跡』始末記」『博物館研究』Vol.三三−九、一九九八年)とかつて指摘しているが、特別展についてきちんと点検し報告する作業は多くの博物館でおこなわれていないようだ。近年、各博物館の年報・紀要等で展覧会の事業報告を以前よりは目にするようになってきたと感じるが、まだ出展品の内容を提示した簡単な報告にとどまっている例が多く、その展覧会の準備の過程について踏み込んだものは少ない。このようななか、石鍋氏の「特別展『今に伝えるつむぎの魅力』を開催して」は、特別展を担当した学芸員が特別展をつくっていく過程でぶつかった壁や悩みまでも率直に語っており興味深い。
 この報告はシルク博物館(横浜市)に勤務する筆者が二〇〇五年一〇月から一一月にかけて開催された「今に伝えるつむぎの魅力」という特別展を企画するにあたって考えたことをまとめたものである。特別展は前年の一二月に急遽実施が決まったため「限られた準備時間のなかで展示を実施せざるをえなかった一つの事例」として報告されている。しかし、実際の博物館では、様々な要因で展覧会を短期間で準備しなくてはならないことが少なくない。そういう意味でもこれは現実的な報告と言える。
 展覧会のテーマの選定にあたって、石鍋氏は染色作品を理解するために、その基礎となる染・織の技法をもっと(ご自身が)知ることが重要と痛感する。そして、「筆者自身のスタート時点」を見直すためにも「産地のつむぎ」というテーマを選ぶ。このあたり、学芸員と博物館の関係が窺われて興味深い。展覧会は博物館という顔の見えない法人が企画したわけではなく、場合にもよるがおおよそひとりの学芸員が立案する。そしてその学芸員の知識の向上なくして博物館の向上もありえないのである。そういう意味で学芸員が展覧会をひとつのステップにして自らの知識の向上を図るということは、博物館にとって重要なことなのだと思う。ここでは博物館が開催する展覧会のテーマがどのように選ばれるのか、という「機微」が語られていて興味深い。
 石鍋氏は調査を進めていくにつれて、「筆者自身の目で見て、自身の言葉で伝えたいと強く思ったとともに、当館としてもその責務があるのではないかと痛感した」と記すが、この欲求こそ、学芸員の原点でほないか。学芸員の仕事上の欲求が、その勤務している博物館の目的と一致した場合、そこによい展示が生れるだろうし、それは博物館と学芸員のよい関係というものだろうと思う。このような率直な報告が可能となったのは、本書の持つ縛りの少ないスタイルによるところが大きい。なかなか自館の研究紀要などの刊行物では、こういう書き方は難しいものだからだ。

 3 地域とのかかわり

 博物館と地域の関わりは非常に重要な問題である。しかし、博物館がどのようにその地域と関わっていくか、この点については地域の状況によって千差万別で一般論が成り立ちにくい。そのために、具体的な報告が重要となってくる。
 澤村氏の「特別展『里に降りた星たち』と『星まつりを調べる会』」は、平塚市博物館で天文を担当する学芸員である同氏が、星に関係のある地域史・民俗を調べ、地域資料による展覧会「里に降りた星たち」(二〇〇六年)を開くまでの経緯について述べたものである。居酒屋で学芸員から話しを聞くような親しみやすい文章でありながら、博物館と地域についてのさまざまな問題について、示唆に富んだ提言が多く見られる。
 平塚市博物館といえば、つとに広範な分野で博物館ボランティアがグループを結成していることで知られているが、この展覧会でも「星まつりを調べる会」という特別展を意識して立ち上げた会員制の会が、野外調査に、展示資料の制作に、展示にと活躍する。ここでは、学芸員と会員がどのような「協働」をおこなっているか、その具体的な姿が述べられているが、市民とともに展示をつくっていく楽しさが文章ににじみ出ている点に好感を覚える。
 澤村氏はこのような会をつくって地域の住民とともに調べる利点のひとつに「意義を確認しあえる」ことを挙げているが、これは興味深い指摘である。特別展の担当者は基本的に一人で、多くの博物館には同じ分野の学芸員がいないことから、なかなか専門的な部分で相談する相手がおらず、自分のやっている企画の意義が途中で見えにくくなることがある。実はこの点において、学芸員の仕事というものは孤独なのである(そうではない博物館もむろんあるだろうが)。この企画段階における孤独こそが、展覧会の焦点を先鋭化させより深い展示になることもあるのだが、自分のやっていることは果して意味のあることだろうか、という疑問にとらわれる瞬間がある。その点、市民との協働作業はそのような孤独を和らげてくれるし、作業の進展にともなって目標や意義が若干変更を迫られることもあっても、ともに考えて柔軟に変更することが可能であろうと思う。しかも、その相手が地域住民という点も心強い。地域博物館はその成果を地域住民に還元することが求められているので、意義について地域の住民と話し合えるというのは、心強いとともに大きいメリットであろうと思う。
 なお、澤村氏は報告の最後で、地域博物館の活動とは「地域に眠る知的財産を発掘し、価値を形成生産し、地域に還元するもの」だが、その価値はその地域にしか通用しない 「家族写真」であり、地域博物館とは「家族写真を管理する器であり、撮影する装置、あるいは意志」という的確な比喩を用いて説明している。とするならば地域博物館は「家族」たる地域住民に積極的に働きかけて活動をしていくべきなのだろう。本報告はその楽しい実例とも言える。

 以上のような内容を持つ本書は現場からのより具体的、個別的な報告をまとめたところにその魅力がある。しかしながら、この『博物館の仕事』という題名ではその内容が的確に伝わらないのではないかという印象を覚える。このタイトルから、読者は博物館の仕事一般について一通りのことを知ることができるのではないかと期待すると思うのだが、本書はより具体的な事例報告集といった趣があり、そもそも博物館の仕事を「一般的」に説明するということは意図されていないように思える。タイトルに一工夫あると、この個性的な内容が読者にもっとアピールできたのではないかと惜しまれる。しかし、これは多くの読者を獲得するための戦略であったかもしれない。
 「8人の学芸員」というクレジット表記ながら、内容は個々の報告に筆者の個性と熱意が満ちている。そして、その個性と熱意によって現代の博物館が成り立っているということを、読者は臨場感を持って体験できるだろう。博物館をめぐる社会状況が大きく変動しているということなどを考えると、近い将来にさらなる続編が出版されることを望みたい。





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