天野紀代子+澤登寛聡編『富士山と日本人の心性』
評者:越川次郎
「地方史研究」335(2008.10)

 本書は、富士山を様々な研究視角から捕捉しようとしたものである。具体的な問題意識として、「日本人は富士山に何を感じ、何をもって精神的な拠りどころとしてきたのか。富士山は、いつの頃から日本の象徴と見做されるようになったのか、またその信仰はどのような形で人々に浸透したのか」(5頁)などを掲げている。
 本書は二部構成をとっている。Tは、「描かれ・語られた富士山」、Uは「登攀・登拝の対象としての富士山」をテーマとして各論文が収載されており、最後に「外国人による富士山研究」が付されている。なお本書は、法政大学学術フロンティア部門プロジェクト「古典文化と民衆文化」における共同研究の成果報告書である。
 本書の内容は以下に見るとおりであるが、富士山をめぐる表象とメンタリティの問題に特に関心が向けられている。

T 描かれ・語られた富士山
 富士山に対する縄文人の意識化について     高橋 毅・金山喜昭
 古代人の富士山観
    −火の山・日の本の鎮め−     天野紀代子
 富士山をめぐる民間伝承     宮本 瑞夫
 「三国一」の富士の山
    −日本人の国家意識と富士山とのかかわりを考える端緒として− 小林ふみ子
 七代目市川団十郎父子と富士山
    −「暫」のつらねにみる観客の心性−     木村  涼
 謡曲〈富士山〉の演能の場と言説−江戸幕府儀礼を中心に−     川上 真理
 時代小説と富士山     横山 泰子
 ビゴーは富士を描かない     高橋  覚
U 登攀・登拝の対象としての富士山
 富士御法家伝来文書管見祖述     岡田  博
 富士信仰と「御大行の巻」     中山  学
 富士の聖地と洞穴
    −「人穴」と「御胎内」にみる近世庶民の信仰と旅−     山本 志乃
 身禄派師職の継続と江戸十一講の成立
    −田辺近江家の跡目養子一件をめぐって−     澤登 寛聡
 富士信仰の展開と秩序形成
    −天台勢力との接点をめぐって−     菅野 洋介
 明治期の不二道孝心講について
    −皇居御造営御手伝土持を事例に−     小林 秀樹
付 外国人の富士山研究
 英米の美術史研究者による「富士山研究」     山中 玲子
 フランスの比較文学者による「富士山研究」     天野紀代子

 本書の特色は、考古・文学・歴史・民俗・芸能・図像など様々な研究分野から富士山にアプローチしている学際性であり、検討された時代も縄文時代から現代まで実に幅広くバラエティに富んでいる。この種の論文集は、自分の専門や関心に沿って拾い読みするのもいいが、通読することによって、さらに大きな効果が期待できよう。専門外の視点や理論に触れることで刺激を受け、それらが読者の専門分野と脳の中で混ざり、化学反応が起きることが期待できれば、それは非常に大きなメリットである。例えば、「富士山に対する縄文人の意識化について」(17〜38頁)では、縄文ランドスケープ研究の成果を援用して、富士山周囲の配石遺構を検討している。縄文ランドスケープ研究とは、本書によれば縄文時代の大規模構築物に天文や自然環境との関連性を認め、そこに当時の社会の仕組みや世界観などを読み取っていこうとする試みである(18〜19頁)。浅学な私は、このような考古学上の研究視点を全く知らず、大変刺激を受けた。私の専門である民俗学にこれを応用できないかと考えている。他の諸論文も、ここで詳しく紹介することは出来ないが内容的に大変興味深い。通読することをぜひお勧めしたい。



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