江戸東京近郊地域史研究会編『地域史・江戸束京』
評者:原 淳一郎
「地方史研究」335(2008.10)

 本書は、江戸東京近郊地域史研究会の十年にもわたる活動の成果をふんだんに詰め込んだ論文集である。本会は、本書中の「江戸東京近郊地域史研究会のあゆみ−例会記録−」に基づけば、一九九八年一月三十一日に板橋区史編さん室を会場として始まって以来、二〇〇八年一月二十九日まで百回もの報告を積み重ねてきている。これだけの基盤があるからこその表象であるから、そんじょそこらの企画とは訳が違う。論文集とは斯くありたいものである。
 同会及び本書の企図は、中野達哉氏の「刊行にあたって」に明確な通り、江戸・東京の周辺地域を大都市の付属地域として捉えるのではなく、一体のものとして考え、両者あわせた地域像を描くことである。
 東京都下は博物館が充実している地域である。その多くは無料で利用でき、各館において研究成果も着実に積み重ねられている。当然そこにはそれぞれの地域から江戸なり東京を捉え返してやろうという意気込みがあるだろう。しかしこうした思いを受け止め共同して外へはき出す機会は決して多くはなかっただろう。本書の意義はまずここにある。そして本書の執筆者に東京都下の学芸員の方々が多く名を連ねているのもこうした背景があるだろう。以下簡単に論題と執筆者を示す(副題省略)。

 第一編 中近世の信仰と社会
江戸近郊における熊野信仰の一事例     野尻かおる
中世牛込郷の寺院と領主     赤澤 春彦
武州葛飾郡小梅村三囲稲荷の経営と越後屋三井家     斎藤 照徳
近世板橋地域の冨士講と富士信仰の受容     吉田 政博
 第二編 近世社会の諸相
江戸の大名屋敷と捨子     中野 達哉
祭礼番附と江戸地本問屋森屋治兵衛     亀川 泰照
嘉永期における村内寺社の「除地高」認定     保垣 孝幸
 第三編 近代の物流と交通
幕末維新期における中川番所の機能と「国産改所」計画     小泉 雅弘
鉄道敷設計画からみた旧北豊島郡域の地域像     伊藤 暢直
武蔵野鉄道・旧西武鉄道の沿線開発と地域社会     奥原 哲志

 この通りその内容はきわめて多彩である。なおかつ中世から近代まで幅広い時代を扱っている。一つの地域に限定する一方で、時代もテーマも問わない共同研究によって一つの地域像のモデルを提示する、これこそまさに地方史研究と言うべきである。
 では具体的にどのような地域像が描けたのだろう。評者なりに復読して何とか抽象化してみようと試みたものの難しかった。これには評者の力量不足もあるだろうが、その一方でこうした論文集の場合、最後に何らかのまとめがあっても良いのではないかと感じた。
そうでないと、折角の意欲的な試みにもかかわらず、結局読者は関心のある論文だけ抽出して読むことで終わってしまうだろう。
 またそうさせないためには各論文による地域像提示も必要不可欠であろう。その意味では、例えば斎藤論文は結論にもっと大胆さがあっても良かったのではないだろうか。
 無論個々の論文は、執筆者が各地域史を牽引する方々ばかりで力作揃いであることは言うまでもない。評者の関心は文化や宗教、交通にあるため本書全体を興味深く拝読しかつ多くを学んだ。しかも現在もっとも学界全体の熱い関心が注がれているテーマが多く含まれ、またそれぞれ考古学や民俗学、国文学など隣接分野の成果もふんだんに摂取されている。こうした点もきわめて地方史的である。各論文のテーマへの興味いかんにかかわらず是非手に取り、一つの地域像を描き出すことの楽しさを実感していただきたい。
 最後に紙面の都合上各論文について評することが叶わなかった。適切な評でないことも含めてご寛恕頂きたい。



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