鈴木哲雄著『中世関東の内海世界』
評者:内山俊身
「歴史評論」689(2007.9)


 本書は、著者の研究成果のうち、旧利根川、香取内海周辺に関する地域史論考を上梓したものである。
 「序 地域の区分」では、本書の基調をなす中世東国の地域区分論を展開する。その視座は、交通・流通で人・物を結び付ける内海・河川である。この点から中世東国を、大きく@「利根川=江戸内海」、A「鬼怒川=香取内海」の二地域に区分する。
 第一章「古代から中世へ−下総国葛飾郡の変遷」は、「高橋氏文」から@地域の古代葛飾郡を、大和王権による直轄地=地域的一体性を持つ河・海の世界と把握する。
 第二章「古隅田川地域史ノート」、第三章「古隅田川地域史における中世的地域構造」は、「序」で示した「河川を核とした地域論」を、@地域の春日部市西北部の古隅田川地域を素材に検討する。第二章・第三章とも、文献史料の他、遺跡・古道・板碑などの非文献資料を駆使し、自然環境や国・郡・庄域の異なる「古隅田川地域」での「地域」形成と歴史的展開を跡づける。
 第四章「香取内海の歴史風景」はA地域で展開した平将門の乱を「水の世界」の視点から再検討し、当地域の荘園・公領、鎌倉武士を「湖沼の荘園」「内海の領主」と評価する。
 第五章「御厨の風景−下総国相馬御厨」はA地域の代表的荘園である相馬御厨について、荘園前史=「布瀬御厨」成立までの段階を析出する。この段階こそ本来的な「御厨」であったとし、開発領主平常重を騎馬の武者と同時に海の領主と評価する。
 第六章「中世香取社による内海支配」は、香取社のA地域の海夫支配、および@地域の河関支配の源泉について、「梶取社」としての属性からではなく、国衙公権を前提とする一宮社としての性格から説明する。
 第七章「河関の風景−長島関と行徳関」は、@地域の太日川河口部の香取社支配長島関・行徳関の地理的位置や性格について現地調査により考察する。
 「結 二つの内海世界を結ぶ道」は、本書の地域区分の@、A地域の交通形態を論ずる。関宿水路連結説を退け、流山から我孫子市船戸への陸路こそが、二つの地域を結ぶ重要なルートであったと結論づける。

 本書の主眼は、中世東国の水上交通・流通論の深化を背景に、「水」と「地域」を基調とする新しい中世東国地域像を描かんとした点にある。しかし、その縦糸とともに、荘園成立史論、武士論、国衙論、地域論など、中世史研究の基本的課題が横糸として随所に織り込まれている。その点で本書は決して東国「地域史」の書に止まるものではない。日本中世史研究にも新たな地平を開いた一書と言えよう。
                             (うちやま としみ)



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