渡辺尚志著『惣百姓と近世村落−房総地域史研究−』
評者:中谷正克
「地方史研究」334(2008.8)


 本書は、同書のあとがきにあるように著者が一九八九年から二〇〇二年にかけて発表した房総地方を対象とする論文に新稿を加えてまとめたものである。著者はこれまで一貫して村落に軸足を置き、近世社会の特質を解明すべく精力的に仕事を続けてこられ、その研究成果は著者がこれまでに世に送り出した数かずの単・編著が示すところである。
本書の構成は、以下に示すとおりである。

 序章
 第一編 上総国長柄郡本小轡村と藤乗家
 第一章 明暦〜延宝期における「惣百姓」
 補論1 天和〜元禄期における「惣百姓」
 第二章 庄屋と身分的周縁
 第三章 十七世紀後半における上層百姓の軌跡
 第四章 藤乗家の文書整理・目録作成と村落社会
 補論2 藤乗家の文書目録
 補論3 長柄郡北塚村の村方騒動
 第二編 房総の村々の具体像
 第五章 十八世紀前半の上総の村
 第六章 近世後期の年貢関係史料
 第七章 相給知行と豪農経営
 補論4 細草村新田名主役一件と高橋家
 第八章 壱人百姓の村
 初出一覧
 あとがき

 序章では、著者が第一編で分析の対象とした本小轡村と藤乗家についての概要紹介をした後、同編と第二編所収の各章の要約をし、併せて一編に収めた諸論考に寄せられた批判に応える形で自身の主張を補足している。
 第一編は、文書総数一六七二六点にも及ぶ本小轡村の藤乗家文書を分析の対象とし、十七世紀後半における惣百姓と、藤乗家当主並びに近世人の村方文書の整理・保管に対する文書認識について考察した四つの章と三つの補論からなる。第一章では、明暦から延宝期における惣百姓の具体像を、補論1では一章の分析をうける形で、天和から元禄期における惣百姓の役割を、第二章では延宝、天和期の村方騒動をとりあげる中で庄屋の性格についてを、第三章では十七世紀に組頭を務めた一人の百姓を取り上げて、彼の行動の軌跡からみえる村のありようについて論じる。第四章では、近世後期に藤乗家当主の手によって行われた文書整理と目録作成について、補論2では近世後期に作成された実際の文書目録類の紹介を、補論3では本小轡村隣村の北塚村で幕末期におこった村方騒動から文書管理の問題について論じる。
 第二編は、房総各地の村々の個別・具体的分析が、四つの章と一つの補論で構成される。第五章では、上総国山辺郡堀之内村を対象とし、十八世紀前半における村落状況の解明を目指し、第六章では下総国相馬郡川原代村を対象とし、近世後期村方の年貢算用における具体相について紹介し、第七章では上総国山辺郡台方村を対象とし、相給村における豪農経営と相給知行との相互関連性について論じている。補論4では、上総国長柄郡細草村で嘉永から安政期におきた新田名主役一件から、村に内在した三重の対抗関係について述べ、第八章では上総国長柄郡小萱揚村を対象とし、同村が正規の百姓身分たる家が一軒しか存在しない壱人百姓の村であることに注目し、村の特殊性と合わせて、近世村落一般に通じる共通性について論じる。
 本書は、著者自身が「村落イメージの核であり原点」と読んだ房総地方の村々が、一村ごとに具体的分析がなされ、その結果各村々の特質が見事に描き出されている。今後房総の村について研究する際には、必読の書となろう。




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