東日本部落解放研究所編『群馬県被差別部落史料』
評者:関口博巨
「地方史研究」334(2008.8)


 本書は、上野国植野村(現群馬県前橋市)を中心に、群馬郡十三か村の職場を統轄した長吏小頭三郎右衛門家に伝わる近世文書四七五点、近・現代文書一三〇点の合計六〇五点を翻刻して一書にまとめた史料集である。久しぶりの「被差別部落」史料集といってよい。
 三郎右衛門家文書は、東京部落解放研究会「古文書を読む会」によって解読され、一九八九年から一九九〇年にかけて、『東京部落解放研究』誌上に近世文書だけ紹介されていた。その後も、古文書を読む会の地道な活動は継続され、今回、東日本部落解放研究所の創立二十周年事業の助成を受けて、岩田書院から史料集として刊行されたのだ。公刊にあたっては、当時の誤りを訂正し、近世文書のほか新発見の近・現代文書を付け加え、さらに松浦利貞氏の要を得た解説、「小頭三郎右衛門家文書目録」を載せている。
 近世文書は、大きく「小頭役文書」と「家文書」とに分類して掲載している。
 「小頭役文書」のなかの項目は、触書・請書、指紙・廻状、小頭役他任免・管掌・由緒、職場、諸役、諸役入用、弾左衛門役所宛願書・届、地方役所宛願・届、証文文例、弾左衛門役所宛負担金銀納手形、地方役所宛年貢納帳・納手形、人別送り手形、欠落届、土地保有、馬喰渡世、事件処理、その他に細分されている。これらの史料からは、近世後期の弾左衛門支配のあり方はもとより、支配下の長吏たちが筬・砥石・太鼓作りや、水番・堰番・林番あるいは祭礼・市廻りに従事していた様子を知ることができる。
 「家文書」の項目は、教育、信仰、家計・金銭出納、家計・金銭貸借、その他に項目分けされている。小頭三郎右衛門家の経営は、田畑耕作とともに筬・履物・養蚕などによって成り立っていたことが知られる。松浦氏の解説によれば、「差別と貧困のイメージとは異なる経済力が近世の部落内にあった」ことが知られる。さらには弾左衛門とのつながりを通して多くの情報を得ており、「部落のネットワーク」とでもいうべき情報網があったと指摘されている。
 また近・現代文書は、生業、税金、家計・金銭出納、家計・金銭貸借、政治・社会、裁判、信仰、地券及び土地登記関係、環境改善、その他の項目に分けられている。長吏小頭家の経営が、近世から近代を通じて明らかにできるところは、この史料集の強みというべきだろう。とくに、本書には「大宝恵」と題する、明治二十七年の筬の大福帳が収録されている。養蚕地帯として名高い上野国にあって、植野村が養蚕に欠かせない道具である筬の製造・販売を収入基盤としていた事実は、今後、十分検討されなくてはならない問題である。日本資本主義発展の基礎の基礎に、被差別部落があった。
 さらに本書が採録した史料は、俳諧・落書・習字手習・由緒書・系図・戒名控などにおよぶ。「穢多」として差別された身分でありながら、彼ら自身は「長吏」身分の誇りのもとに、学力を身につけ、当時流行した俳諧などを嗜んでいた事実が窺える。また、近世の植野村には「理山革男」「相窓革尼」などの差別戒名があったが、明治二十一年には全国に先駆けて是正している。部落解放運動の視点からも貴重な事例といえよう。
 この史料集は、近世から現代へいたる身分・差別・被差別部落をめぐる、多様な問題を引き出す宝石箱のような本である。だがその中には、血の色に染まった宝石も多い。最終的な解読と整理にあたった三東崇宏・松浦利貞・安澤秀一の三氏をはじめ、古文書を読む会の努力と、なにより古文書の公開を了解された平井家の志を無駄にすることなく、本書が多くの善意の方々に活用されることを期待したい。



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