本康宏史著『からくり師大野弁舌とその時代 技術文化と地域社会』
評者:関根 仁
掲載誌:「地方史研究」334(2008.8)



 本書は、日本の近代化の過程において、蘭学・洋学が一九世紀の地域社会に与えた影響を総体的に捉えるという課題について、現状では多くの作業を必要とするという現状のなかで、加賀藩域・石川県地域を中心に、「技術文化」をキーワードとして分析されたものである。
 本書の構成は次の通りである。

 序章 加賀の技術文化と地域社会
第一編 大野弁吉の技術と文化
 第一章 大野弁吉再考
 第二章 『機巧図彙』写本と技術伝播
 第三章 写真術と加賀の理化学研究
  補論1 写真の受容と遠近法
 第四章 「弁吉伝承」とその形成
  補論2 韓国における弁吉の足跡
 第五章 「からくり美術」−機巧から工芸へ−
第二編 「殖産興業」と「美術工芸」
 第一章 「辰巳用水絵図」の系譜と技術
 第二章 幕末加賀藩の軍事技術
  補論3 三角風蔵と幕末の技術文化
 第三草 津田吉之助考
 第四章 石川県の近代鉱業と尾小屋鉱山
  補論4 『石川県勧業年報』を読む
 第五章 「美術工業」と輸出商−殖産興業の地域的展開−
あとがき

 本書の内容は、大きく第一編と二編に分かれている。
 第一編では、「加賀の平賀源内」とも称される大野弁吉の著書『一東視窮録』や写真術、「弁吉伝承」など、大野弁吉の諸活動を分析している。また加賀藩域・石川県地域における「からくり美術」をめぐる知識伝播や、その「美術工芸」への展開を論じている。これらの論考からは、特に医学、理化学、機械工学など、高水準の科学知識を背景とした大野弁吉の幅広い活動に驚かされる。
 第二編では、「辰巳用水絵図」、幕末加賀藩の軍事技術、技術者・津田吉之助、尾小屋鉱山、美術工業・輸出商といった加賀藩域・石川県地域における諸事例から、「技術文化」が地域社会の近代化に果たした役割を検討されている。

 以上のように本書は、近代化の過程での地域社会における「技術文化」の影響を、大野弁吉という人物の活動、そして様々な諸事例から検証したものであり、科学史、技術史のみならず、産業史、美術史など諸分野からも興味が尽きない。
 また、「あとがき」にも記されているように、本書に収められた論考の多くは、著者が勤務されている博物館の展示活動・調査研究の成果や、紀要に掲載されたものが中心となつている。ここからは、日常の丹念な研究活動の積み重ねが、博物館活動の根本となっていることを改めて強く感じさせられる。



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