白峰旬『幕府権力と城郭統制』
評者:鍋本由徳
掲載誌:「地方史研究」333(2008.6)



 本書は、著者の『日本近世城郭史の研究』(校倉書房 一九九八年)、『豊臣の城・徳川の城』(校倉書房 二〇〇三年)に続く、三冊目の単著にあたる。近世城郭をめぐる普請・統制、豊臣政権期ならびに徳川政権の城郭をめぐる政治的軍事的性格に関して論じた先行する二冊に対して、本書は居城の修築や幕府による監察に着眼点を置いた論考となっている。
 近世城郭は、建築分野のみならず、歴史学の観点において、大名統制や大名家格制を考える一つの手段として取り上げられてきた。それは鳥羽正雄氏や加藤隆氏の著書からも明らかであろう。しかし、その多くは統制策としての大名の普請役、殊に慶長・元和期における天下普請がクローズアップされていた。著者も先行する二冊の著書では主に普請役に着眼点を置いていたが、本書では、武家基本法である武家諸法度下において、城郭にどのような性格が存在していたのかを、江戸時代前期から後期を通じて、幕藩交渉史からとらえようとした点に大きな特徴がある。
 さて、本書の構成は以下の通りである。紙面の関係で節は省略した。

 第一部 武家諸法度下における城郭の修補と修築
  第一章 大名居城の修築と修補申請基準・増改築許可基準
  第二章 城郭修補申請方式の変遷
  第三章 豊後国佐伯城の大修築(宝永六年〜享保一三年)
 第二部 城郭監察と幕府権力の介入
  第四章 公儀隠密による北部九州の城郭調査(寛永四年)
  第五章 公儀隠密による四国七城の城郭調査(寛永四年)
  第六章 美作国津山城受け取り(元禄一〇年)
  第七章 石見国浜田城引き渡し(天保七年)
  第八章 陸奥国棚倉城受け取り(天保七年)

 各章の内容を簡単に紹介しておこう。
 第一章では、建築・破却に集中した城郭研究への批判を込め、城郭維持を目的とした修築に着目したものである。ここでは申請・許可史料の分析から、新規築城を厳禁したとする通説は実態を示すものではなく、居城の普請・修築が「御奉公」の観点において必要なものであったことを述べる。
 第二章では、武家諸法度の条文理解を超えて、居城修補の実態を申請手続きから具体的に検討したものである。十七世紀段階で詳細に列記された「覚書」の形式から絵図面を通じて要点を記した「願書」形式へ変化し、なかば任意ともいえる取次(申請窓口)も固定化される過程から、十八世紀半ばに申請手続きが定式化したことを指摘する。
 第三章では、各論的に外様大名の居城である豊後国佐伯城をとりあげて城郭修築の実像を追ったものである。佐伯城の大修築が単なる修補にとどまらず新規作事をも含むものであり、第二章でも触れている「表右筆」が継続して申請窓口となっていることを実証する。 第四章ならびに第五章では、九州・四国の城郭調査を、公儀隠密による「探索書」から分析した、いわば史料解題的な論考である。本探索が、九州・四国地方における外様大名の実態把握のために実施されたものであり、幕府が城郭のどの部分に着目していたかを知る上で重要な史料であることを指摘する。
 第六章は、元禄期における城引き渡しと受け取りの実態を解明するものである。従来の研究においても改易大名の城受け取りについて言及するものは少なくないが、その受け取り過程を綿密に把握することが、幕藩関係を規定する理念を知ることにつながるという著者の意識が強く出されている。引き渡しまでの過程は、綿密な計画・連絡・指示を経て、実際の受け取りではそれを忠実に履行するだけであったこと、また、その場所も城門と番所を中心に展開したことから、天守・櫓ではなく城門を重視していたことを指摘する。
 第七章ならびに第八章は、松平康爵の浜田城から棚倉城への移動をめぐる一連のものである。ここでは譜代大名を題材とし(第七章)、転封が繰り返される譜代大名の居城であるがゆえに、手続きがマニュアル化され、先例が熟知されていくことを指摘する。そして、松平氏の棚倉転封決定から城受け取りまでの半年の間に発生する諸案件について、引き渡しが完了するまで、旧城主が実効支配していた点を指摘する。

 簡単であるが、以上が本書の主な内容である。冒頭でも述べたように、従来、城郭統制では、新規城郭の禁止・修補の際の届出、城受け取りでは、「徳川の平和」と呼ばれる時期、実際の戦闘ではないとはいえ、軍事動員形態によって城受け取りが実施される点などの事実は知られていたが、実態については深く追究されていなかった。
 本書は、一見すると個別事例紹介のように見えてしまうが、実際には、具体的事実を明らかにしないまま無批判に通説に従いがちな大名統制策などに対する批判が随所に散りばめられている。官位昇進や政治的事件などで深められてきた幕藩関係論であるが、大名の改易・転封では避けることのできない城受け取り・引き渡し、さらに支配拠点である居城修築をめぐる諸手続きを綿密な史料分析によって解明しようとする著者の姿勢には、学ぶべき点が多い。その点で、本書は単なる城郭史にとどまらず、幕藩関係史の盲点をついたものである。著者も各章で述べているが、今後の事例蓄積によって、本書で指摘した点がより明確な論として展開されるであろう。
 読者には、是非先行の二冊にも目を通していただきたい一書である。最後に評者の怠惰により、本書の紹介が大幅に遅れたことを深くお詫びしたい。





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