松本一夫『日本史へのいざない−考えながら学ぼう−』
評者:清水 亮
掲載誌:「歴史学研究」827(2007.5)


 本書は,東国守護制度の堅実な研究者であり,高校教育・社会教育に長年たずさわってきた松本一夫氏(以下著者と呼ぶ)の三冊目の著書である。
 本書は,著者による日本史の授業実践が通史としてまとめ上げられたものである。したがって,本書は教科書的あるいは概説書的な日本史叙述ではない。「原始・古代」・「中世」・「近世」・「近現代」の時代区分に沿って,設問形式をとって記述が進められていく。
 設問のほとんどには,年表・文献史料(およびその大意)・絵画史料・写真などが参考資料としてあげられており,読者は,これらの具体的な資料から自ら情報を引き出し,設問に答えていくことになる。
 日本史を「考えながら学ぼう」と呼びかける著者の思いが全面にみなぎっている。この点が本書の第一の特徴である。
 本書の第二の特徴は,参考文献,引用史料からうかがえるように,日本史研究の最先端の成果を設問に取り込んでいることである。評者が専門とする「中世」を例としてあげると,近年紹介された「高幡不動胎内文書」を平易に読解し,そこから浮かび上がる南北朝内乱期の領主間結合,領主−百姓関係,戦争の実態を具体的に理解させる設問がもうけられている(59〜67頁)。長篠の合戦に関する設問では,『信長公記』の諸本を比較することで通説の「嘘」を紹介し,史料操作による歴史理解の面白さを提示している(80・81・86・87頁)。
 また,「地域史料を活用した歴史教育」(200頁)の実践がなされている点も興味深い。著者のフィールドである栃木県の史料に基づき,近世において藩の枠を越えた医療事業が行われていたことが明快に示されている(139〜141頁)。
 これらの設問から,専門研究の成果を歴史教育の現場で活かしていくために著者が営んできた不断の努力をうかがうことができる。
 本書の第三の特徴は,「教師のためのページ」として,「(1)教材づくりの方法」・「(2)発問を中心とした授業構成」・「(3)授業の実践方法−グループによる発言競争−」・「(4)よりよい歴史教育をめざして」というコラムをもうけていることである。これらのコラムにおいて,著者は自らの体験を一つのモデルケースとして提示し,その利点と問題点とを率直に提示している。これらは,教員や教員を目指す学生が,自分たちの授業を構成・検証する手がかりとなるであろう。
 以上のように,本書は「日本史へのいざない」とともに,「歴史教育へのいざない」の役割を十全に果たしている。本書は高校生レベルを主なターゲットにしている。だが,歴史教育に関わる立場からは,本書に学び本書を検証することによって,小学校から大学に至る歴史教育の実践に示唆を得ることができると考える。


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