佐藤博信『越後中世史の世界』
評者:清水 亮
掲載誌:「歴史学研究」826(2007.4)


 本書は,佐藤博信氏が1969〜76年にかけて進めた越後国の地域史研究を集成した研究書である。以下、本書の構成を示しておこう(副題略)。

 第1章 越後国奥山庄と金沢称名寺
 第2章 越後国三浦和田氏の領主制について
 第3章 越後応永の内乱と長尾邦景
 第4章 室町期の一国人領主像
 第5章 「色部年中行事」について
 第6章 戦国大名制の形成過程
 補論1 「揚北衆」について
 補論2 戦国社会論ノート
 補論3 戦国期の一側面
 補論4 奥山庄

 第1章は,越後国奥山荘内金山郷の知行者を跡づけ,称名寺による金山郷支配が退転する背景に三浦和田氏の領主支配の伸張をみてとる。
 第2章は,越後国三浦和田氏を素材として,国人領主制の形成過程を越後政治史と関連づけて論じている。
 第3章は,越後において在地領主の存在形態,守護支配のあり方を変質させる転機となった越後応永の内乱を詳細に分析している。
 第4章は,中条房資記録の分析によって,室町期在地領主が直面していた組織内部の緊張と守護支配の浸透という危機の様相をあぶりだす。
 第5章は,「色部年中行事」分析の嚆矢となった論文であり,戦国期国人領主色部氏の支配の内実に迫ったもの。
 第6章は,越後における戦国大名制の形成過程を政治史との関連づけによって明らかにしている。
 補論1は戦国期越後の領主連合であった「揚北衆」の具体的研究。補論2は,中世文書のうち,武家文書がほとんどを占める越後の史料から百姓の実態を浮き彫りにする方法を提示している。補論3は,領主結合の表現として史料上に現れる「洞」文言の分布・語義を検討したもの。補論4は,越後国奥山荘の調査便覧である。

 本書の特徴の第一は,越後という地域への徹底的な沈潜である。本書のもととなる諸論文が書かれたのは,『新潟県史通史編2 中世』(1987年)の出版より10年以上前である。本書に示された佐藤氏の営為は,自治体史編纂に代表される地域史研究の隆盛を促す先駆的な成果として位置づけられる。
 本書の特徴の第二としてあげられるのは,政治史への周到な目配りである。第3章のような政治史の論文で示された視角・認識が,国人領主を対象とした第2章・第4章,戦国大名制を対象とした第6章に遺憾なく活かされている。とくに印象的なのは,国人領主制の成立過程を検討した第2章である。通説における国人領主制の成立は南北朝内乱期(14世紀)である。それに対して,佐藤氏は,政治史との綿密な照合によって14〜15世紀中葉を国人領主制成立に至る過渡期,15世紀後期を国人領主制確立期とする独自の見解を打ち出している。
 本書の特徴の第三は,国人領主制・戦国大名制下における戦国期百姓層への眼差しである。限られた史料の読み込みによって,戦争状況に規定された百姓の行動形態,軍役を争点とした百姓と領主の対立関係をえぐり出そうとした補論2は,近年の戦争論とも接点をもちうる新鮮さを今に保っている。

 以上,本書は,越後中世史研究の道標であると同時に,在地社会から幕府体制までを含めた中世後期政治史研究の成果として位置づけられる。室町・戦国期研究,在地領主研究を志す方には,素材とするフィールドを問わず手にとっていただきたいと思う。    


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