中世諸国一宮制研究会編『中世諸国一宮制の基礎的研究』
評者・平泉 隆房 掲載誌・神社新報(2000.9.11)


 ■今なほ多くの問題が残る一宮に関する全国的な調査結果を初めて集成したもの■
 この度中世諸国一宮制研究会(代表・井上寛司氏)より、標記の書物が上梓された。
 一宮といふのは、周知のやうに、一種の社格のやうなもので、原則として一国に一社あり、遅くとも鎌倉期には全国にわたって成立してゐて、爾来それぞれの国で重視され重きをなしてきた神社のことである。古くは国司や守護の庇護また篤い尊崇をうけ、後世『諸国一宮記』『一宮巡拝記』といったものが各種出回ることによって、社名が全国にひろく知られるやうになると共に、それらを案内記として巡拝して回る風潮も生じた。現在でも,一宮、二宮、三宮といった地名は至る所に残ってゐるし、ここが某国一宮と聞いただけで、格別な御社といふ感慨を抱いて参拝される人々も少なくはあるまい。
 しかし実は、この一宮については、各国でそれが成立し定着していった経緯、またさう言はれるやうになった時期などに関して、意外と判然としない部分が多いのである。加へて、その一宮が時代の変遷の中で一定してゐなかったり、二宮・三宮を数社が唱へてゐたり、一宮から九宮まである国が存在する一方で、二宮以下は全く不明と言った国があるなど、地域による差異が非常に目立つのである。江戸期以来多くの研究の蓄積があるといふものの、「現状ではなお十分な共通理解を得ることができないばかりか、個別一宮や地域史研究の前進などにともなって、共通理解の獲得がかえって困難になるという事態も生まれてきている」(本書所収、井上寛司氏「中世諸国一宮研究の現状と課題」)といふのか現状である。
 その一宮について、日本六十六カ国全てのそれについて皆悉調査を試みたのが中世諸国一宮制研究会で、同会は各地の研究者を動員し数年をかけて、基本的事項、つまり、初見史料、由緒、祭神、縁起の有無、二宮、三宮、国府、惣社、国分寺、守護所などについて網羅的に検出を試みられた。その報告書がすなはち本書である。
考へてみると、神職自身、どれほど地域の歴史に関心を払ってゐるであらうか。国単位(私なら越前)で、各地域の神社の分布やその特質を考える機会といへば、『式内社調査報告』で国内の式内社に目を通すのがせいぜいといったところではなからうか。かく言ふ私も、奉仕神社の歴史を調べるのも至極大変で、他社のこととなると、よほど関心のある御社を除けば、参拝の事前学習として、各種神社事典の類をその場しのぎにめくるのが精一杯である。また、現代の私共は、マスメディアの急速な発達に伴って地域間の格差が縮まった分、各地域の特性に対する関心や理解が希薄になってきてゐるやうにも思はれ、地形を見、地図を見ただけで、河川や海岸、街道や峠、山岳や平野などを勘案して、要衝の地を察知する能力は、道路網や交通機関が整備されたことによって、却って昔の人々に比して著しく損なはれてしまったやうに思はれる。
 このやうななか、本書は、国単位で各地域を再考する機会を私共に与へてくれてをり、一宮以下の分布、それが選ばれた背景としての古代の政治や立地環境、その後の変遷や一宮の地位をめぐる相論なども分かる範囲で平易に叙述されてゐる。ことに、隣国その他と比較することによって、その国の特色が容易に把握できることは、地域理解の視点からも極めて有益なものと言へよう。日頃より、なぜこの御社が、なぜかかる地に一宮が、といった疑問をお持ちの方もをられるだらう。一宮が、全て共通した成り立ちではない、といふことをしっかりと踏まへた上で神社制度史を見直していくことも大切である。
 本書を繙くと、一宮として著聞してゐるにも拘はらず、それを自称した確実な史料が知られてゐないとか、一宮を称する御社が複数あるとか、一宮を称してゐる史料がある一方で三宮とする記載があるなど、実に多種多様な事例が報告されてゐる。それぞれの国の歴史的事情や国司・守護などの思惑、また地理的環境などの諸要因が複雑にいりくんでゐるのであらうが、本書は、当該社の由緒、国内神名帳の有無、国府や国分寺、守護所についても解説があるため理解の助けとなる。
また、社領や社殿造営、社官組織、御祭神や祭祀に目配りがなされてゐることもありがたい。巻末付された「二十二社の概要」(岡田荘司氏・藤森馨氏)、「国衙機構の概要」(中込律子氏・上島享氏)は、最新の研究到達点と問題点を簡潔に記しゐて貴重だし、それに付されてゐる文献目録共々、今後の研究の基礎となり指針となること必定である。
本書は、このやうに今なほ多くの問題が残る一宮に関する全国的な調査結果を初めて集成したもので、確認できた基本事項を提示する姿勢に徹し、綿密着実にして配慮の行き届いた一冊である。一読をひろくお薦めしたい。(金沢工業大学教授/福井・白山神社宮司)
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