植木行宣監修『民俗文化財 保護行政の現場から』
評者:長谷川嘉和
掲載誌:「民具マンスリー」40-12(2008.3)


 一九七〇年代の中頃から、文化庁主導による民俗文化財緊急調査が都道府県ごとに実施された。早い順に上げると、「民俗文化財分布調査」「民謡緊急調査」「各地方言収集緊急調査」「諸職関係民俗文化財調査」「民俗芸能緊急調査」「祭り・行事調査」となり、あとの二つはまだ実施していない県がある。
 民間の出版社が数県分の調査報告書を合冊して出版したものもあり(1)、それぞれに地域の専門家が加わって努力された成果であるが、報告書を比較してみると、これほど違うかと思うことがある。その理由はさまざまで、調査を主導した担当者が異動してきてまだ日が浅かった、もともとが事務職で民俗の専門職でない、他にも担当を兼務していて民俗に専念できなかったなど、都道府県ごとの事情があろうが、調査が不十分であつたからもう一度やり直すということは出来ない。
 民俗文化財の担当者は、たいてい無形文化財とか選定保存技術とか他の分野も兼務させられている。たとえ兼務であってもすべての都道府県で担当者は配置されているが、仕事のなかで民俗文化財の保護に充てる時間は担当者により異なり、その差は大きい。ただ、税金を遣ってやるからには最大の効果を上げなくてはならない。採択された予算を有効に活用すべきである。調査や報告書の成否がひとり担当者の責に帰するものではないが、調査事業の要を担うその役割は大きい。民俗文化財の担当者を配置して同じ給料を払うのなら、専門職を採用して効果を上げるのがよいのではなかろうか。
 現実には、民俗学が専門でない人の担当していることが少なくない。そうした場合、民俗調査や映像記録などを進めていくのに、少しでも参考になるものがあれば有効に働くのではないか、見本を示すことは出来ないか、そのようなことを以前から考えていた。これは、市町村や博物館の仕事にも共通することである。そこで、調査などを担当した人にその体験をまとめていただき、今後に役立てることが出来ないかというのが、一つの趣旨である。成功もあれば失敗に終わったこともある。同じ失敗を繰り返さないために、あとに続く人へ一読を勧めたい。
 また、民俗行事や民俗芸能、民俗技術を映像記録する機会も増えてきた。映画会社へすべてをお願いすればそれなりのものを作ってくれる、という考えは一般にある。映像記録の制作にはマニュアルがなく、どういうものをどのように作ってほしいか発注する方法がわからない。これについても従事した執筆者が、それぞれの奮闘ぶりをまとめている。
 近年、民俗文化財の保護行政が民俗学研究の俎上に上がってきた。それらの多くは外部の研究者から見た保護行政に対する論述であって、行政に従事している直接の担当者が執筆したものは比較的少ない。本書では、一部を除いて大半の執筆者が行政または博物館の職員である。いわば行政の内側から見た、民俗文化財保護の現場を報告している。
 執筆者三一名が三三のテーマについて論述しており、再録した四編を除いて、他はほとんどが体験に基づく書き下ろしである。一つ一つの内容を紹介することは困難なため、目次(副題は省略)を示すにとどめる。

 T いまなぜ民俗文化財か
民俗文化財保護の基本理念について・大島曉雄
「文化立国」論の憂鬱・岩本通弥
文化財と民俗研究・植木行宣
 U 民俗文化財の保護
重要無形民俗文化財(民俗芸能)の保護について・齊藤裕嗣
民俗行事の伝承と変容・菊池健策
民俗行事の変容と伝承・行俊勉
民俗芸能の調査と歴史資料・池田淳
民具の収集と価値づけ・福岡直子
民具の保存と活用・藤井裕之
博物館・資料館における有形民俗文化財の位置・吉田晶子
第二次資料を導き出すための実測図と記録図化について・石野律子
民俗文化と回想法・岩崎竹彦
 V 民俗文化財の記録
無形の民俗文化財の映像記録作成への提言・俵木悟
風流系踊りの記録保存について・長谷川嘉和
民俗音楽の記録に関する諸問題・梁島章子
民謡の映像記録について・吉永浩二
民俗技術の映像による記録作成とその諸問題・伊藤廣之
文化行政における古写真の資料化の今後・村上忠喜
有形民俗文化財の映像記録作成・榎美香
 W 民俗文化財保護のとりくみ
市区町村の民俗文化財と登録制度・関孝夫
民俗芸能緊急調査・福田良彦
祭り・行事調査・吉越笑子
調査データのその後・樋口昭
民俗芸能大会について・鹿谷勲
東京国立文化財研究所芸能部と民俗文化財行政・中村茂子
埼玉県立民俗文化財センターの事業について・飯塚好
自治体史編纂事業と民俗文化財・鵜飼均
静岡県磐田市の見付天神裸祭と保存会・中山正典
 V 世界無形文化遺産と民俗文化財
無形文化遺産に関するユネスコの取り組みを振り返って・佐藤直子
無形文化遺産の特性とその保護・植木行宣
文化的景観と民俗学・原田三壽
パブリック・フォークロアと「地域伝統芸能」・八木康幸
民俗文化財保護の仕事・長谷川嘉和


(1)民俗分布調査は、『都道府県別日本の民俗分布地図集成』として東洋書林から、また民俗芸能緊急調査は、『日本の民俗芸能調査報告書集成』として海路書院から出版されている。                   

(長谷川嘉和・滋賀県教育委員会)


詳細 注文へ 戻る