下野敏見編『民俗宗教と生活伝承−南日本フォークロア論集−』
評者・鈴木正崇 掲載誌・日本民俗学No.222(2000.5)


 本書は鹿児島大学法文学部に新設された文化人類学専攻コースの修士論文を収録した論文集である。編者の下野敏見氏は、長年にわたり南九州から沖縄に至る地域で民俗調査を行なってきた卓越したフィールドワーカーである。下野氏の薫陶による学生の成果がこのような形で公開されたことは、相互の熱意がうまく噛み合って初めてなしえたことであり、今後の大学・大学院教育のあり方に再考を迫るものである。下野氏は昭和五十五年(一九八○)秋に鹿児島大学に非常勤講師として赴任し、翌年四月から専任となり、平成七年(一九九五)三月の退官まで、延べ十五年間、民俗学の指導にあたった。そのうち大学院での専攻学生の論文が収録されている。論文の基礎をなしているのは、「野外実習」の授業で、夏と冬の調査成果が織り込まれているという。修士論文といっても、質の問題があり、玉石混交でなかなか活字化される機会がないのが通常であるが、本書のようにその多くが一度に世に問われ、かなりの水準を示すというのは貴重である。内容は以下の通りである(敬称略)。
 櫻井徳太郎「序―民俗学発展の布石」、T、民俗宗教 渡辺一弘「南九州のシャーマニズム」、楠本智郎「真宗における呪術的秘儀集団の成立過程」、溝辺浩司「南九州の修験道―金峰山と地域社会」、U、民俗行事 古林孝子「南九州の仮面」、小島摩文「薩摩日置八幡御田植祭考」、松村利規「海での願い―磯遊びをめぐって」、V、民俗生活 町健次郎「南九州のたたら製鉄」、井上賢一「海運の伝承―鹿児島の船乗り・船主・運搬船」、田中勉「南九州の牧」、W、民俗伝承 陳躍「薩摩藩麓における風水」、大石和世「伝説・世間話の形態」。個々の論文に関しては、本書の最後に、編者による「解説とあとがき」がついており、簡潔に論文の要点と特徴が述べられているので、それを参照されたい。執筆者は、現在では、大学院の研究者、中学校・高校の教師、博物館の学芸員、町史編纂委員などとして各地で活躍しており、今後も研究機関、教育界、博物館等で幅広く社会的な貢献を果たすと思われる。本書の意義は単なる修士論文集というだけに止まらない。それは本書が調査の成果を速やかに現地に還元して批判を仰ぐ姿勢を強くもっており、それを広く世に問うという開かれた方向性を示していることにある。大学におかれた民俗学専攻の養成機関は数少なく、その教育も多難な現在、民俗学を次世代に伝えるという意図をこうした形で実践したことに学ぶべき点は多い。

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