佐藤博信著『中世東国 足利・北条氏の研究』
評者:新井浩文
掲載誌:「歴史評論」683(2007.3)


 本書は、古河公方研究を中心に関東の戦国史研究において常に新たな視点を提示し続けてこられた佐藤博信氏の一九七〇年代の論考を中心に収録したものである。佐藤氏は「あとがき」の中で本書を「習作を収録したもの」と言われているが、内容は「習作」どころか現在においても十分評価しうる内容となっている。近年、佐藤氏ら第一線で活躍されている方々の初期論文が入手しにくいという若手研究者の嘆きをしばしば耳にするが、本書の刊行はそうした課題にも応えるものになろう。
 本書の全体は二部構成となっている。

第一部は「関東足利氏の世界」と題し、
 第一章「「殿中以下年中行事」に関する一考察」、
 第二章「足利成氏とその文書」、
 第三章「足利政氏とその文書」、
 第四章「足利義氏とその文書」、
 第五章「都鄙和睦の成立と両上杉氏の抗争」、
 第六章「大森氏とその時代」、
 補論一「畠山持国と岩松持国」、
 補論二「享徳の大乱の勃発をめぐって」、
 補論三「「正木文書」補説」、
 補論四「一通の感状の歴史−『吉良氏の研究』によせて」
の各論考を収録する。続く
第二部「後北条氏の世界」には、
 第七章「虎印判状初見について」、
 第八章「北条為昌と北条綱成−玉縄城主論の深化のために」、
 第九章「玉縄北条氏の研究−『玉縄北条氏文書集』補遺」、
 第一〇章「後北条氏被官後藤氏について」、
 第一一章「二階堂氏と懐島・大井庄」、
 補論五「北条氏照文書の再検討−氏照研究のために」、
 補論六「狩野一庵宗円のこと」、
 補論七「玉縄城主北条氏舜考」が収められ、最後に
 付論「上正寺所蔵の中世史料について−長慶天皇綸旨二通の紹介を中心に」
が付されている。

 以下、各章の関連を紹介しよう。第一章は、『殿中以下年中行事』を題材として、『同書』の成立が享徳三(一四五四)年であることから、これを足利成氏の作とした労作である。古河公方成立と関連づけられた視点は氏ならではのものであり、この論考が、その後執筆された第二章〜第五章や補論二の出発点となっている。また、第七章は後北条氏のシンボルとも言える虎印判状の初見文書について検討したもので、最初の使用者=北条氏綱説を補強した論考として評価される。以下、第八章〜九章、補論七は玉縄北条氏一族について検討された論考で、それまで言及がなかった岩付城代との関係にも触れられている。
 いずれの論考も、史料を直接実見された上での成果であり、近年の千葉県史等でのお仕事からも明らかなように佐藤氏の一貫した原本調査主義は当初と全く変わる所がない。実証主義に裏打ちされた氏の研究姿勢には思わず居住まいを正さずにはおれない感がある。還暦を迎えられた佐藤氏の益々の御活躍を祈念したい。
(あらい ひろぶみ)


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