伊藤裕偉著『中世伊勢湾岸の湊津と地域構造』
評 者:大木安博
掲載誌:「地方史研究」331(2008.2


 本書は中世伊勢国の研究を進めている著者が平安末期から織豊期にかけての中世伊勢湾沿岸地域を対象として、当該地域と諸地域との関連の研究成果を刊行した著作である。その視点は複合的研究をはかるための視点に基づいた「考古学的見地から見た文献的史料活用法」や「文献史学的立場からみた歴史地理研究法」が行われるべきとして文献・考古の両視点から検討が行われている。これは研究の個別専門深化と同時に総合的視座をふまえたもので巨視的な視点に立って構成されている。以下、本書の構成は目次の通りである。

序章 中世伊勢湾への視座
 はじめに
 一 研究の視座
 二 伊勢湾沿岸地域に関する研究史とその課題
 三 本書の構成
 おわりに
第一部 湊津と在所の地域相
第一章 安濃津の位相を探る
 はじめに
 一 安濃津をめぐる諸研究
 二 中世安濃津成立の背景
 三 中世安濃津の景観−この津は江めぐり−
 四 中世安濃津とその在所
 五 湊津として安濃津
 六 安渡津の陸上交通路と橋
 七 安濃津の住民と町場の状況
八 安濃津に関わる領主権力
 九 中世安濃津の終焉
 おわりに−安濃津の中世的位相−
補論一 安濃津と物資集積機能
 はじめに
 一 安濃津遺跡群における東海系無釉陶器の出土状況
 二 物流構造からみた安濃津の機能
 三 集荷地名「伊勢」を冠した商品
 おわりに
安濃津関連史料
 一 編年基礎資料
 二 安濃津と東アジア船運
 三 藤潟と安濃川
 四 安濃津と物流
 五 和歌に見える安濃津とその周辺
 六 参考
第二章 中世矢野の湊と機能
 はじめに
 一 文献史学からみた中世の矢野
 二 中世矢野の景観
 三 中世矢野の地域的意義
 おわりに
第三章 醍醐寺領曽禰荘と松崎浦・細頸
 はじめに
 一 曽禰荘の概略
 二 曽禰荘の範囲と細頸
 三 荘域に営まれた諸施設
 四 曽禰荘の空間と中世の地域形成
 おわりに
第四章 伊勢湾西岸の中世湊津
 はじめに
 一 伊勢湾西岸部の湊津
 二 伊勢湾西岸部における湊津の形態
 三 自然条件と湊津の維持管理
 四 伊勢湾西岸部の湊津研究−課題と展望−
第二部 地域間の諸地域をめぐって
第五章 屋号からみた中世後期の地域構造
 はじめに
 一 屋号分析とその視覚
 二 分析史料の対象とその分類
 三 分類屋号の時間的・空間的動向
 四 伊勢湾岸の地域関係
 五 小地域の地域関係−丹生と多気−
 おわりに
補論二 山田・大湊と魚屋善四郎
 はじめに
 一 魚屋の概略
 二 魚屋善四郎・小四郎・孫八郎
 おわりに
第六章 大湊と山田の位相をめぐる諸問題
 はじめに
 一 大湊の評価をめぐって
 二 大湊と山田の関係
 三 一六世紀後半における大湊への入船状況
 おわりに−大湊と山田の本質的機能−
補論三 南伊勢系土師器の分布
 はじめに
 一 南伊勢系土師器の分布状況
 二 南伊勢系土師器の技術的影響
 おわりに
補論四 中世後期の桑名
 はじめに
 一 桑名と山田・大湊との関わり
 二 伊勢湾沿岸地域における桑名の位置
 おわりに
終章 総括と展望
 一 湊津をめぐる地域構造
 二 地域の把握とその諸関係をめぐって
 三 日本列島における伊勢湾沿岸部の位置づけをめぐって
 四 課題と展望
 後記

 構成は大きく二部構成となっており第一部である前半部では安濃津を始めとした湊津に関する検討、後半部では第二章として山田・大湊を中心とした地域構造に関する検討がなされている。なかでも第一章では残存資料の面からあまり検討が加えられてこなかった安濃津を考古学的調査成果などから地形的な環境復元と歴史的位置づけを行っている。
 そこから安濃津の成立は湊津に関わるもので、中世前期では湊津機能が相対的に高かったが、後期には湊津以外の機能が相対的に高くなったことからその機能が低下していったことを考察している。また伊勢神宮、長野氏や北畠氏と関与が見られる要衝である矢野の機能を明らかにし、伊勢湾沿岸の大規模集積地である安濃津と比較するとその規模は小さいが相互密凄に関連し地域を形成していたとする。
 これらの検討から当該時期において核となる湊津を中心として一定の小地域での地域的まとまりから別の小地域や山田のような大規模湊津等とも関係しながら基幹経済圏を形成していった、また個別の在所の検討から安濃津や伊勢湾岸部の特性と問題点を明らかにしている。

 後半部では第二部として地域間の諸環境に目をむけ、第一部で存在を指摘した地域が小地域での結合から、より広範囲に広がっていった事を明らかにしている。特に第五章で詳しいが中世後期より伊勢・志摩地域の商業・手工業に関わったと推定される屋号の増加についての研究方法は文献資料を用いながら考古学的分類方法がなされており、著者の冒頭で目指した研究方向が伺われる。
 その屋号分析の結果から、大湊と山田の関係について言及し、十三世紀初頭に史料上で初めて確認された大湊は山田の経済的な一部分、特に湊津機能に集約・特化された事を指摘する。この点はこれまでの大湊と山田の関係が並列と捉えられていたことにたいして、大湊の山田に対する商業的位相の事例から従属的位置として認識を新しくしている。
 そして伊勢湾沿岸部の事例では山田を最大の中核地とする地域構造が形成され、そして、そこでは山田・大湊とは異なる役割をもった矢野や安濃津が存在したと成果を示している。

 以上のように本書は複合的研究をはかるために文献・考古両面からの検討が行われている。伊勢湾沿岸地域が包括的に山田を中心とした経済圏を形成していく過程を明らかにし、当該地域は首都経済圏に対しての山田経済圏の相対化であるとする結論は伊勢湾岸地域を日本列島の中で捉えるという筆者の巨視的な視点を実感することができる。


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