山崎祐子編『明治・大正・商家の暮らし』
評者・古家晴美 掲載誌・日本民俗学No.222 (2000.5)

 本書は、平町(現在の福島県いわき市平)で明治初年から大正末年まで呉服店を営んだ著者の実家について記したモノグラフである。
商家研究の代表作として中野卓の『商家同族囲の研究』が挙げられるが、中野が商家の社会組繊を分析したのに対し、著者は記述に重点を置いた生活史の再構成を試みている。  
平板な描写にとどまることなく、著者のみずみずしい感性によって当時の生活が生き生きと描き出されている。その内容は、著者の祖母であるサトが語った年中行事、サトの祖母キンが書き残した金銭出納簿、そして、サトの夫亡き後、店を継いだサトの義弟にあたる三代目定次郎の商いについて記したものである。
 ここに描かれているのは、いわゆる伝統的な商家の様子というよりは、明治・大正期の近代化の波にのり、変わりつつある当時の町の生活である。時々、ハヤシライス、チキンライス、オムレツなどの洋食の出前を取り、夏になると金魚を買い、湯治に行き、秋になると梨を買って親戚に送るという暮らしぶりを金銭出納簿からうかがい知ることができる。外食、店屋物、寿司やコロッケー(ママ)などの買ってきた惣菜のほかに、あんこや漬物も店から購入していた。
 大正十四年に店の前で撮った写真には、路上にマンホールの存在が認められる。この頃すでに飲用水、生活用水に水道を使用し、煮炊きにはガスと炭、風呂には石炭を用いていた。また、来客時や魚を購入したときに使用する冷蔵庫用に氷を買い求めることもあった。この頃から着物の洗い張りを業者に委託したり、あるいは縫い直しをせずに済むクリーニングを撮り入れ始めたようだ。
 東京の主計学校へ遊学し、「何でも東京と同じように」という意気ごみで跡を継いだ三代目定次郎は、当時の地方都市の個人商店としては、まだかなり珍しかったと思われるショーウィンドウを取り入れている。これは単なる建物の改造にとどまらず、展示販売というあらたなる商法の採用を意味した。また退職金・賞与、店員の休日を設け、医療費も店が負担するなどの近代的制度を導入した。
 時代的な変化に着眼し、民俗学の更なる可能性を感じさせるモノグラフである。読了後、本書を片手に現在の平の町を訪ねてみたいと思わせるような一冊であった。

詳細へ ご注文へ 戻 る