市野和夫著『持続する社会を求めて−生態系と地域の視点から』
評 者:広木詔三
掲載誌:「日本の科学者」42-12(2007.12)


 本書は,人間が生物と生態系の歴史に学ぶ必要があるという観点から,理論と自らの実践を踏まえて,これからの人間社会のあり方を提示している.地球規模の視点を失わず地域的な問題に取り組んだ好事例に満ちた書である.
 豊橋市に在住する著者は,三河湾や渥美湾という規模の小さな湾の埋め立てや開発を目の当たりにして,地域的な生態系の変質に早くから警鐘を鳴らしてきた.
 現代の産業は排出する熱によって環境に負荷を与えており,著者はこの問題点を熱力学の観点から説き起こしている.近年開発の進んでいる燃料電池は,酸素呼吸による生命活動に類似して,廃熱のロスが少なく環境への負荷が小さいという.著者自身が太陽光発電を取り入れた家を建築し,その電力で年間の電力消費をほぼまかなったという.その温排水を冬場の暖房に利用した上,簡易浄化槽を庭に造り,家庭排水を浄化し,ビオトープを創出している.
 著者は,本書において,伊勢湾の奥や木曽三川における開発の歴史を読み取り,渥美湾へ注ぐ豊川水系の開発と森林伐採による汚染や洪水の実態を明らかにしている.また,産業社会の負債として,原子核技術のエネルギー産業への利用の問題や有機塩素化合物にも触れている.
 かつて三宅島での火山植生の調査を著者と共同で行ったとき,彼が植物にたいへん詳しいのに驚いた記憶がある.溶岩上に先駆的に侵入するオオバヤシャブシには根に共生する菌が存在する.彼はその菌が土壌の発達に寄与することやオオバヤシャブシが農業生産の上で利用されていることに着眼していたが,その成果が本書にも生かされている.
 本書の内容は多岐にわたり,環境先進国デンマークの風力発電も紹介されている.思い返せば,私が初めてインターネットを使用した頃に,デンマークという遠く離れた国から著者のメールが届いたのに驚いたことがある.
 著者はクラウジウスのエントロピー概念に批判的で,絶対温度の物質粒子が担っている熱エネルギー量という概念の有効性を説いているが,興味深い視点である.
 著者は「設楽ダムの建設中止を求める会」代表として活躍しており,付章として,設楽ダムの建設計画の問題点と環境影響評価方法書および準備書への意見を載せている.
(名古屋大学)


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