丑木幸男著『戸長役場史料の研究』
評 者:福田 博美
掲載誌:「群馬文化」289(2007.1)


 アーカイブズ学の立場から分析した研究書である。戸長役場は、一八七一年(明治四年)維新政府が制定した戸籍法により、戸籍作成を担当する職として戸長が任命され、以後数度の制度上の改変を経て、八九年市町村制が施行されるまで存続した。そこで作成され、保存、管理された史料は、旧庄屋名主宅、大字・区、町村役場などで保存管理されてきた。著者の分析は、史料の伝存の由縁から入り、役場機能の変遷、史料管理へと進む。

 従来の歴史研究では、伝存史料を歴史著述に有効かどうかと言う観点でみてきたが、アーカイブズ学では、史料の保存、管理のされ方を検証する中で、それを生み出した組織体を含む社会の特質を明らかにしようとする。発想を遡らせて、史実に迫ろうとするのである。したがって廃棄処分され、焼き捨てたものをも含めて史料をトータルに見る。文書を収めた箱や史料以外の引き継ぎ物まで分析の対象となる。著者は戸長の交替や役場組織変更時などの引き継ぎ文書を重視する。そこには、引き継がなかったものまでも知る手がかりがあるからだ。

 淡々とした著述によって、次第に時代の特質をあぶり出していく手法は、『地方名望家の成長』や民権家からキリスト教伝道者となった斉藤壬生雄の生涯を描いた『志士の行方』などの著作でもみることができる。全国各地の史料をふんだんに使い、中央の政策と地方の意向とがせめぎ合うなかで時代、地域により、戸長役場のあり方は多様であったこと、中央集権的な近代的地方制度が一朝一夕にできたのではないことを論証する。これは「「戸長の職務は中央政府の規定があり、戸長役場史料もそれにもとづいて形成されているはずだから全国一律である。個々の戸長役場史料を分析してその全体構造を検討するのは意味がないのではないか。」」との批判への回答でもある。

 本書の主眼は、第三章、四章の近代的史料管理秩序の形成、史料の構造分析であろう。管理秩序の形成では、飛?高山の戸長役場、町役場文書が主題別分類から、次第に機能別・組織別の分類へと変化する中に近代文書管理の形成過程を跡付ける。史料の構造分析では埼玉県大里郡大麻生村戸長役場史料を用いて、政府、県の行政方針と対応させながら検討し、戸長の役割の変化を分析して、行政の方針が一度に貫徹したものではないことを明らかにしている。このなかで、地租改正後も、しばらく近世の村請的な収税感覚が残っていること、政府の方針で提出させた「村誌」や「神社明細帳」「寺院明細帳」が公認に至るまでには、内容について地元と葛藤があったことを述べ、政府が公認せず、抹消された文書も地元では引き継がれ、保存されてきたことを鋭く指摘している。

 本書では、県下各地の史料を随所に使っているが、特に旧境町役場文書の分析では、『境町史』編さんに私も参加させていただいたこともあって興味深かった。一万点近い役場文書は、編さんに携わった役場職員の努力で役場改築の際廃棄を免れたという。私は、この役場文書の中から県庁文書ではすでに廃棄されていて、県立文書館ではみることの出来なかった県発信の社寺関係の文書を多数見いだすことができた。巻末で著者は、平成の「市町村合併を公文書保存の契機に」と訴える。


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