悪党研究会編『悪党と内乱』
評 者:田村 正孝
掲載誌:「ヒストリア」202(2006.11)


 本書は、『悪党の中世』(岩田書院、一九九八年)につづく、悪党研究会による第二弾論文集である。悪党をめぐる研究は、中村直勝以後、石母田正をはじめとした重厚な研究の蓄積があり、近年でも、徳政論や流通論、♯壮園制論など多様な観点から悪党問題へのアプローチがなされている。しかし、悪党は鎌倉後期から南北朝期という内乱期を中心に、社会のあらゆる側面に関わる。そのため、この悪党の本質をめぐっでは今なお議論百出の状況である。このような状況をふまえて、本書では、悪党をキーワードに内乱期の社会変動を読み解こう、との課題意識のもとに作成された十四編の論文を収載する。まずは、本書の内容を紹介しよう。

 【T 悪党と荘園制社会】
 佐藤和彦「内乱期社会と悪党問題−東大寺領大部荘・東寺領矢野荘を事例に−」では、荘園村落の秩序維持を担った公文(職)のあり方が、悪党問題と深く関係すると論じる。
 楠木武「山間の「海賊」−鎌倉末期の悪党問題と請負代官−」では、水運をテコに広域活動をする悪党安志氏に、荘園領主は年責請負を依存せざるをえなかったとする。
 太田順三「「得宗被官」安東蓮聖再考」は、蓮聖の国内にとどまらず国外にも拡げた経済活動の実態を読み解く。
 藤井崇「尾張国長岡荘と堀尾荘の堺相論」は、堀尾荘地頭堀尾氏の活動を通じて「荘域の領域化」の過程を解明する。
 櫻井彦「播磨国田原荘における悪党事件発生の背景」は、専ら寺領荘園が対象となる悪党問題を、公家領荘園を事例として描く。
 【U 内乱と社会変容】
 小野澤眞「中世における「悪」−“新仏教”の成立の基層をたどる視点から−」は、宗教的側面(仏教)の検討から、「悪党」観を導き出す。
 徳永健太郎「大宰府安楽寺における留守大鳥居家の成立と今川了俊」は、安楽寺の「惣官」家大鳥居方の成立過程の解明を通じて、今川了俊による「寺社興行」を説く。
 徳永裕之「備中南部における地域社会と氏寺−庄氏・伊勢氏の曹洞宗氏寺を事例として−」は、室町期の氏寺の所領保全機能と、有徳人を紐帯とした地域社会ネットワークを描く。
 田中大喜「南北朝期武家の兄弟たち−「家督制」成立過程に関する一考察−」は、南北朝期に武士の家構造に変化が生じ、「兄弟惣領」から「家督制」へと移行したと論じる。
 小林一岳「貞和二年室町幕府平和令をめぐって」は、貞和二(一三四六)年の幕府平和令を検討し、これは足利直義の徳政政策の根幹をなすものであると評する。
 【V 史料と解釈】
 原美鈴「「二条河原落書」について」は、建武期の著名な史料である「二条河原落書」を書誌学的に検討する。
 大竹雅美「悪党史料にみられる「百姓」について−百姓の立場からみた悪党行動−」は、悪党と百姓の関係を、百姓に視座を据えて読み解こうとする。
 渡邊浩史「叙述としての悪党−近年の中世史研究における悪党の位置づけ−」は、近年相次いで出版された日本史概説書に描かれた悪党像を批判する。
 大竹雅美「「悪党」史料一覧」は、『鎌倉遺文』に収載される悪党関係の史料を網羅的に抽出する。

 以上、駆け足で本書の内容を紹介した。本書は悪党研究の範囲に止まらず、多様な視点から内乱期社会を読み解こうとする意欲的な論稿が集積されている。ただ、全体を通じて、悪党の本質については、未だ曖昧な部分が残るように感じる。ここにも悪党問題の複雑さが表われているのだろうか。
 ともあれ、この論集が多方面の研究に資することが期待される。


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