布施賢治著『下級武士と幕末明治』
評 者:坂本 達彦
掲載誌:「群馬文化」291(2007.7)


 本書は著者布施氏の初の著書であり、氏の博士論文をもととしたものである。その内容は幕末維新期の川越藩(前橋藩)の下級武士を素材に、従来の研究史を批判し、新たな視野を開いたものである。目次を次に掲げる。

序章 下級武士研究史
第一章 下級武士と武術流派
第二章 下級武士と大筒職
第三章 下級武士と高島流砲術
第四章 下級武士と剣術
第五章 下層士族と士族授産
おわりに

 本書の第一から四章では、幕末期における藩の軍制改革=西洋式砲術の導入、剣術流派の変革の過程を検討することで、固定された武家社会の動揺をあきらかにしている。このさい、筆者は砲術と剣術では藩士の階層関係に与えた影響が異なる点を指摘している。すなわち、改革の過程で藩士の階層序列に混乱が発生するのであるが、砲術では次第に個々の役割が定まり、階層秩序が回復されていくのである。
 一方、剣術は個人の技量に左右される面が強い。つまり、剣術では既存の身分制度の改変が確認できるのである。旧来、川越藩が公認した剣術諸流派は他流試合の禁止など閉鎖的な側面が強かった。ところが、天保期になると他流試合を行う「仕来」を持つ、神道無念流が採用される。このさい、師範として召しだされたのは、百姓出身で徒士に取り立てられた、大川平兵衛であった。この流派には下級武士・足軽が多く入門した。師範の大川は藩士となったあとも、武州・上州で他所修行を行い、他の公認流派とは異なる性格を維持していく。文久期の剣術流派改革では、このような性格を持つ、神道無念流が重用されていくのである。
 第五章では維新後の士族授産を分析され、旧前橋藩士が地域社会の産業や教育に果たした役割をあきらかにしている。かつての下級士族研究では、士族授産後の没落を強調するものが多かったが、著者はこれを批判し、地域社会における士族の活動を評価しているのである。確かにすべての下級武士出身士族を没落の一言で片付けていた、研究史には問題があろう。

 本書の概要は以上のとおりである。つづいて、所感を述べたい。評者は本書を通じ、筆者である布施氏が下級武士を一つの「身分」と捉えていると理解した。しかし、下級武士はあくまで武士「身分」の一階層と捉えるべきであろう。
 また、維新期の主体について下級武士に注目するあまり、他の階層や身分との関係について、十分な言及がなされていない。やや維新期の主体層を単純化しすぎていると感じられた。評者の能力不足による誤読であれば、ご海容賜りたい。
 本書について特筆すべき点は、一貫して川越藩(前橋藩)を分析対象としていることである。川越藩については史料の残存量に比すると、藩体制そのものを検討した研究はこれまで少なかった。このような現状を本書は打破したのである。また、本書では明治期の前橋を中心とした地域社会についても言及しており、群馬県の地域史研究の進展にも、寄与する内容となっている。


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