浪川 健治編
『近世武士の生活と意識「添田儀左衛門日記」−天和期の江戸と弘前−』
評 者:橋本 孝成
掲載誌:「ヒストリア」201(2006.9)


 本書は弘前市立図書館に所蔵される「添田儀左衛門日記」(以下、「添田日記」)について、編者とそのゼミ生が行った解読と検討の成果である。
 主要部の構成は以下の通りである。

第一部 研究編
 山澤 学「上野東叡山における弘前藩津軽家御廟所祭祀の確立過程」
 阿部綾子「弘前藩江戸藩邸をめぐる町人訴訟の実態−天和期を中心に−」
 渡辺康代「近世前・中期の弘前八幡宮祭礼にみる弘前町人町の特質」
 浪川健治「天和期の藩政と「添田儀左衛門日記」−天和二年十一月七日条をめぐって−」
第二部 添田儀左衛門日記

 近世武士の生活や意識についてはこれまでも数多く言及されてきたが、そうした研究の前提には武士による日記の存在があったといえる。本書で取り扱われた「添田日記」は、延宝九年(一六八一)五月より天和三年(一六八三)三月まで二年足らずの記述であり、分量的には少ない。しかし、日記の前半は江戸藩邸期で後半は藩主に従った国許期となっており、この時期の双方の状況を知ることができる点に意味がある。
 だが、研究編については「添田日記」との必然性を十分に感じることのできない部分があった。山澤氏の論考はその史料的根拠がほとんど「江戸日記」であり、「添田日記」はその研究の契機でしかない。阿部氏の論考も「江戸日記」からの史料的根拠が大部分を占めており、「添田日記」は補足的な扱いであるとの感は拭えない。一方で、渡辺氏の論考は八幡宮祭礼という題材の性格からか、「添田日記」の日常的記述が生かされている。浪川氏の論考もある一件を史料比較することによって、受け取り方の相違点を抽出しており、これも「添田日記」の史料的性格を生かしたといえる。
 分量的に少ない史料であるがゆえの全文翻刻収録は、近世武士の研究促進に大いに寄与し、また、同様の史料の価値を再確認する手本となろう。だからこそ、併せて収録する論考ももう少し史料に直結する構成や内容にするべきではなかったか。各論考が当該期の弘前藩の動向を興味深く描いているだけに、その点が残念であった。


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